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第296話(sideアゼル)✽
──王座の間。
軍を城の外に配備し、俺とライゼンとガドは三人だけでという条件を飲み、天王との謁見にこぎつけた。
円柱のホール状になった王座の間の中央には祭壇じみた王座があり、そこに壮年の王が座している。
そして改めてこちらの要求を突きつけた時──それは、起こった。
「動くなッ! お前の妃は人質として、ここではない場所に監禁しているぞ」
ほんの、僅かな時間だったと思う。
誰かの声が聞こえて、閉じていた目を、開く。
そんな瞬きほどの時間だ。
俺は膝を抱えてうずくまっていた。
身動きの取れない歯がゆさに細胞を砕かれながら、彼がもう傷つかないように、俺を忘れるようにと祈る。
孤独の世界へ引き戻されても、もらったものを忘れられずに、それを胸に宿らせ思い出と共に朽ちていくことを願うだけ。
シャル。シャル。
俺はシャルがくれたあたたかさを忘れられない。
だから、俺はお前の幸福を願える。
願うことだけは、上手にできるから。
確かに、そうだ。
──そう、だった。
「…………」
そっと目を開くと、白く翼を持った生き物が大勢俺達を取り囲み、勝ち誇った表情で武器を手に鋒を向けている。
それら一つ一つの差異はわからない。
もう一つ瞬きをすると、夜闇を写し取ったような俺の瞳が、鮮血に似た赤に染まる。
──俺はついさっきまで、うずくまっていたはずだが。
──俺はついさっきまで、恋というには柔らかで親愛というには激しい感情に見舞われ、記憶とアイツを取り返すと冷静な頭で策を練って天王と相対していたはずだが。
どちらも俺だ。
その俺が重なり合って、今の俺が出来上がったらしい。
「…………邪魔、だな」
「は? ──ッ、ぐぁ……ッ!?」
スイ、と手を振ると、目視を超えた速度で召喚した剣が共に空気をなぎ払い、俺に向かって動くなと言ったソレの首が、胴体と別れを告げた。
ドサッ、と崩れ落ちる身体。流れる血が赤くて、不味そうだと一瞥する。
「魔王、ッ! 人質がいるというのが、聞こえなかったのかッ!?」
「殺せッ! 構わんッ!」
それと同時に周囲がざわめき、勝手を叫ぶと、鎧を身にまとった近衛兵らしき天使が一斉に俺に向かって飛びかかる。
邪魔だと言っているのに。
結界も防御聖法もかけないで俺にむかってきて、どうして生きていられると思ったんだ?
俺はアイツに謝らなければならない。
その為に、みんなみんな、邪魔だ。アイツに謝るのに、立ちはだかる者は全て邪魔だ。
だから退けよう。
つまりそう、殺すぜ 。アイツ以外は全て──。
「炎、渦巻け」
「風、切り裂け」
──能面のように表情のそげ落ちた俺が剣を振ろうとした時。
燃え盛る紅蓮の炎と毒の霧を纏った風の刃が、俺を守るように周囲にゴオォッ! と展開され、ドス黒い闇を垂れ流していた俺は、立ち止まった。
上空から飛びかかってきた兵が弾かれ、悲鳴をあげながら大理石の床に落ちる。
肌を切り裂かれ血液ごと蒸発する高温で焼かれ、傷口から侵食する毒にやられたのだ。
そんなことをされなくても俺は死なないし一人であの程度の首は全て刈り取れただろう。多少怪我をしても、どうせ治る。
だがそれを黙っていない奴らがいた。
……そういえば、そう。アイツだけじゃなかったな。
俺が守るべき、謝るべき、感謝すべき、大切な家族は。
外野の声をシャットアウトして、飛びかかってくる敵を見ないで斬り殺す。
同じくそうして平然と戦場のど真ん中で俺だけを見つめて微笑んでいる男と、竜化した腕を振りニンマリと笑う男にチラリと視線をやった。
面と向かうのは面映ゆい。
それに、今それは求められてないだろう。
「シャルが俺の隣にいねぇ。そんな世界は全否定だ。全てに知らしめてやる。俺がどれだけシャルを愛していて、アイツと共に在ることが幸福なのかを。だから、邪魔する奴は全て、殺せ」
「はい、心得ていますよ。おかえりなさい、我が王」
「ククク。やぁっと徹底的に報復できるぜィ。おけーり、魔王」
「フンッ。……ただいまだ。──さあ、足りないピースを埋めるぜ」
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