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第314話

「お前イイ匂いすんなァ」 「そうか? でも腹に顔を埋めるのはやめてくれ」 「クックック、弱った魔王を言葉でねじ伏せた俺は勝者だぜ? 俺のティータイムなんだよォ、そういうこった」 「そういうことか」  腹部に顔を埋められるのはよろしくないので、ふんわり拒否する。  強者が絶対な魔族において戦利品であるこのティータイムは、ガドの独壇場ということらしい。  まあガドは男で共通の友人なので、そこはアゼルもわかってくれていると思う。  俺の恋愛対象は女性だからな。  そうじゃなくとも俺はアゼルに一途だぞ? 断固迷惑だとフラれない限り、別れたりしない。  ……だから膝枕をしたあたりからずっと無言でガドにメンチを切っている旦那さんは、そろそろ独壇場を許してあげてほしい。 「…………」  物凄く感謝と嫉妬の間でせめぎ合う空気を醸し出すアゼル。  三人でティータイムなので、当然アゼルもこの場にいるのだ。  ガドが体を横たわらせているほうとは逆側の俺の隣でお菓子を食べながらも、公認なので口は出さないが、その代わりに目力で牽制している。  残念ながらアゼルを怖がらないマイペースな竜であるガドは、声のない威嚇をさくっとスルーしているので、アゼルの目が若干光りかけているが。  目が光ると第二形態に移行する。  俺との初戦闘で見たなつかしの形態だな。  銀髪褐色になって、ますますアジアンテイストな魔王衣装が似合ってしまう。  うーん……アゼルがカッコいいのは知っているが、モテはしなくていいぞ。  今頃天界にいるのだろうあの天使にも、あんなに執着されるぐらい好かれていたからな。  できれば、俺だけに好かれていてほしいものだ。  これがアゼルが俺に酷く感じているらしい、独占欲だろう。  束縛系の俺なのかもしれない。  恋人ができてもアゼルの永遠の信者であるユリスといい、愛憎をこじらせた天界王子といい。  なぜアゼルはこんなにも、クセの強い者に好かれるんだろうか。  そういえば絵画王子──リシャールもアゼルに目をつけたから俺をターゲットに選んだんだったか。  とんだ曲者ホイホイじゃないか。  悪運スキルが本気を出しすぎている。  ガドの口の中にクッキーを一枚放り込み、もう一枚つまんで血走った目で我慢しているアゼルの口にほいと差し出す。  ん、ちょっと目元が緩んだ。  もごもごとクッキーを咀嚼するアゼルを眺めて、ふと手を伸ばし、シュッとした顎を軽く掴んでクイッと少し下を向かせた。 「ん」  チュ。 「ぅン……ッ!?」  唇の端にクッキーのかけらが付着していたので、それを取りがてらキスしただけだ。  ビクッと震えたアゼルからすぐに手を離して、よしと頷く。もうかけらはないな。  キスはいつでもしているので、俺は特にリアクションを起こさず紅茶を飲んだ。  そんな俺の膝の上に乗っているガドの頭が、なにやらプルプルと震えている。 「? どうした?」 「ククク……っ、あーんからの不意打ち顎クイ……! 嫉妬心瞬殺……っ! クックッ、お前は最強だなァ、シャル」 「うん? 俺はこの中で一番弱いが」  ガドの笑いのツボがよくわからない。  瞬殺されるのは俺だと思うぞ。  首をかしげるが深い意味は教えてくれなかった。  上機嫌なガドはよいしょと腹筋の力で起き上がり、テーブルの上のクリームサンドをひとつつまみ、一口で食べる。 「もういいのか? 本当にありがとうな、ガド」 「いいってことよォ。だから代わりにお前の隣で思考停止してる不意打ちに弱い魔王を、どうにかしてやれさ。クックックッ……!」 「ん? ああっ」  よくわからないなりにその言葉を聞いて、とりあえず振り向いてみる俺。  するとそこにはだいぶ混乱したのか、口元と胸を押さえてうわごとをつぶやきながらショートしているアゼルがいた。  なんでだ。  普段俺がするより多く、お前はキスしてくるじゃないか。  俺は心構えができてないとたまに発作も極まって硬直するアゼルに、慌てて向き直り両手で頬を挟む。  現実に戻さなければ……! 「なん、や……ヤベェ……、これがあの胸キュン特集の、真の力なの、か……?」 「あっアゼル、アゼル、ごめんな。不意打ちは苦手だったな。だんだん照れ屋の発生頻度が落ち着いているから、すっかり俺の挙動になれたのかと思った。そうだったな、アゼルはどこまでも根っこはアゼルだった。不意打ちはもうしないから安心してくれ」 「うっむしろもっと、んむっ?」  急いで謝るとなにやら呟いていたアゼルが現実に帰ってきたので、俺はほっと一息。  そのまま仕切り直すために、アゼルの頬を挟んだ手を使い引き寄せた。  不意打ちがダメなら堂々とすればいいんだ。  これならば照れもあまりないだろう。 「アゼル、」 「ぅ、」 「今からお前にキスをする」  チュ。 「んんッ!?!?」  ──そうやって俺がじっと真剣に見つめながらキスする宣言をし、さっきよりしっかりめに唇を奪う。  するとアゼルはトマトのように真っ赤になって、奇声を上げながらカーペットの上を転がってしまった。  それを見て笑い転げるガド。  もはやティータイムどころではない。  不意打ちがだめなアゼルだが、そういえば俺が積極的だと悶えてしまう性分でもあるんだったと思い出したのは、それからしばらく後だった。

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