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第352話

 微笑ましく思いながらも、俺はキャットの言葉から脳内に一人の人物を思い描いた。  濃い目のグレーの髪に赤茶の瞳。  背中から生えるコウモリの翼に、ひねくれた血の好み。  美形ぞろいの魔王城において高い地位にいながら、陰に潜むように垢抜けない容姿。  何事にも動じない永久凍土に見えるが、感情が表に出にくいだけで、本人はいたってマイペースな現実主義者(リアリスト)だ。  ガッチリ自分の中で尊敬に値するかを見定めて、その態度を隠しもしないハーフヴァンパイアさん。  陸軍長補佐官といえば、以前俺と半日デートの下見に付き合ってくれてからなんだかんだと仲良くなった男──ゼオ。  ゼオルグッド・トード。  その人である。  彼は純血のヴァンパイアの髪色と瞳が白と赤であるために、くすんだ色味から半人前と罵られることもあるらしい。  しかしそれを全て闇に葬って、現在のポジションに陸軍満場一致で収まっている。  かっこいいというより、迂闊に手出ししてはいけない男だ。  尊敬に値する人には手を出さないしなにをされても甘んじて受け入れる彼だが、俺は知っている。  ちょっとしたエピソードを聞いてほしい。  この間俺と廊下で立ち話している時に、急いでいたのか荷物を抱えて廊下を走り抜ける一人の軍魔が、盛大に転んだのだが……。  俺は見てしまった。  その拍子に俺に向かって飛んできた武具が、軍魔ごと瞬間冷凍され、アグレッシブなオブジェができてしまったのを。  そしてその犯人は、何事もなく話を続けてきたりして。  彼としては俺を守るために取った、優しさたっぷりのつもりの措置であったことを。  俺は咄嗟にどう言えばいいのかわからなくて、硬直してしまったからな。  助けてくれてありがとうと、ちょっとやり過ぎだが混ざりあって、最終的に「あり過ぎだ」と言ってしまった。  閑話休題。  その出来事を踏まえると、だ。  そうだな……総合的に見ると、かっこいい、な。  うん、かっこいい。ゼオはいい男だ。  彼は躊躇しないところがいいところであり、俺の驚きをかっさらっていくところでもあるのだ。  俺はあの後、氷漬けの軍魔を必死に溶かしたぞ。 「そうだな、ゼオ、かっこいいな。とても強いし、認めた人に対しては優しいからな……認めた人にはな」 「! はい! ご存知でしたかっ、そうなんです……っ! ゼオ様はかっこいいです!」  頬を上気させ前のめり気味に興奮するキャット。  ゼオの中身がクールでかっこいいなら、キャットは明るくて可愛らしい。  ゼオのどこがかっこいいのかを語り始めるキャットに、俺は表情を綻ばせてうんうんと聞き入った。  そうこうしている間に、馬車は魔王城が見えるところまでやってきた。  だが、なにか可笑しい。  なんというか、要塞じみた城の上空で炎が吹き上がり、暗雲が立ち込めている。  更にそのゾーンを囲むように空軍と思しき軍魔達が、やんややんやとお祭り騒ぎを起こしていた。  ──あの暗雲は……もしかすると、もしかするのだろうか。  雲ではなく魔力の塊だとすれば、炎を吹き上げる巨鳥をそこから発生する黒いツララが狙い撃ちしているのも、理解できるな。  両サイドの馬車の小窓から顔を出す俺とキャットはそっと頭を引っ込め、ほぼ同時にコクリと首を傾げた。 「どうやらなにがどうしてか、親子喧嘩が巻き起こっているみたいだな」 「うぅん。そうですね! 別名魔王城のナンバーワンとナンバーツーによる頂上決戦かと思われます!」 「ふむ……とすれば俺達はあそこに割って入ることはできないぞ? 馬車ごとぺしゃんこになってしまう」  怪獣対戦中の魔王城上空と、それを止めるでもなく観戦しているバトル慣れした魔族達に、どうしたものかと悩む。  しかしキャットはケロッとして人好きのする爽やかな笑顔を浮かべ、俺に親指を突き出した。 「大丈夫ですよ! お妃様が〝俺のために争わないで!〟と言えば終戦するかと思われます! マルガン様が魔王様関連の修羅場の無敵ワードだとおっしゃってました!」 「俺にそんな特殊能力はないと思うんだが……」  そのまだ見ぬ陸軍長官さんはどういう経緯でその結論に至ったのか、俺はますます考え込む羽目になった。

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