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第345話
◇
学園都市ディードル。
住民でもある学生達を守るため、堅牢な外壁と外堀で埋められた、年若い魔族が多数を占める学業の街だ。
小高い丘の上に作られた街は周囲を森に囲まれ、そこには多数の魔物が住み実戦訓練にも適している。
森に住む魔族とは共生関係にあるらしい。
前知識はそのくらいだ。
長いようで短い空の旅を終えて到着したディードルは、学園を中心に街が取り囲む円形の都市だった。
俺を送り届けたキャットは名残惜しそうにしながらも、また午後に迎えに来るからと帰って行った。
チラチラ後ろを、というより後ろ向きに歩いて馬車に乗り込んでいたので、転ばないかハラハラしたぞ。
無事学園内にたどり着いた後は、ケンタウロス魔族の学園長から学園や授業の説明を受ける。
概要をきちんと理解してから、俺はようやく出席簿や教科書を片手に、この一週間通うことになる魔法陣学の教室へやってきた。
一通りのやり方は教えてもらっている。
内容は教科書に習い、ある程度好きに教えればいいみたいだ。
一応最終日にテストをするらしいが……授業構成ですら自由なのが魔界らしい。
その分教師の力量で生徒が学べるものも変わってしまうけれどな。
「責任重大か……できるだけ力になれるようにしないとな」
──よし、頑張ろう。
始業ベルがわりの鐘がゴーンゴーンと鳴り響き、俺は深呼吸をしてから、無駄に豪華な内開きの扉をガチャ、と開いた。
「…………」
俺が教室に入ると二十人の生徒達は静かに各々の席についていて、それぞれの態度で俺を迎えてくれる。
種族も様々だ。
いろんな気配を感じる。
けれどあまり殺気は向けないでほしいな……反応してしまうじゃないか。
コツ、コツ、と床板を鳴らし、教卓の前に立つ。
生徒席が階段状になっているので、底にあたる教卓に立つと見下ろされている状況に、少し緊張した。
「はじめまして、俺はシャウルー・アッサディレイアと言う。今日から一週間……前任の先生の代わりに、魔法陣学を教えることになった。短い間だが、仲良くしてもらえれば嬉しい」
そうやって黒板に名前を書きながら、仮の自己紹介をする。
にこやかに笑ったつもりだが、だめか。
そこかしこからひそひそと小声で話す声が上がり出す教室内。
うぅん……これは、どっちだろうか。
歓迎されているのかいないのか、わからないぞ。
「なぁせんせぇ~。せんせぇの名前は学会で聞いたことないけどさあ~、ほんとに俺らに教えられんのぉ~?」
どうしたものかと思案する俺に、窓際の席から間延びした声が聞こえた。
そして彼の声に合わせて、アハハと他の生徒達が笑う。
「ん?」
視線をそちらにやると、そこには真っ赤な髪の男子生徒がいた。
それを視認すると同時に、俺は首を傾げる。
──ものすごくたくさんピアスがついている。
痛くないのだろうか……心配だ。
だって耳がルーズリーフみたいになっているんだぞ? 頭が重くて頭痛を起こしたら、たいへんだ。
ルーズリーフな彼は、学園長が用意してくれた写真付き名簿によると──マンティコア魔族のカイト・クテシアス。
コウモリの翼に真っ赤な髪。
蠍の尾を持つ魔族だな。
どうやらクラスのリーダー的な存在みたいだ。
俺はクテシアスに向き直って、就任初日なのに風向きの宜しくないクラスの雰囲気に、眉を垂らす。
「完璧とは言い切れないが……君達に少しでも有意義な授業ができるように、尽力するつもりだぞ。クテシアス」
「うげっ、なんで名前知ってんだよ?」
「? 名簿をもらったからな」
「見てねぇじゃん」
「全部覚えてる」
「はぁ!?」
クテシアスは俺の答えに「昨日決まったはずなのに気持ち悪いぃぃ~っ!」と叫んで蠍の尻尾をくねらせて、肌をさすった。
なんでだ。
しかも他の生徒達まで気持ち悪いと言い出した。……もしかして、教師いじめなのか?
いや、安易に自分の生徒を疑ってはいけない。
子供は純粋無垢なのだ。
大人がなるべく受け入れ、話を聞き、理解しなければ。
たった一週間だがしっかり務めるつもりだ。
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