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第346話
ちなみに名簿の名前を全部覚えているのは、俺は記憶力は悪くない方だからだ。
もう何年も前に覚えたお菓子のレシピを未だに覚えていて、普段クッキーやらケーキやら作っているのだから、多少自信がある。
それにどこかで教師は初めにクラスの生徒の名前を全部覚えると聞いたことがあった気がしたので、一夜漬けだが頑張った。
なのにドン引きされてしまって、内心肩を落とす。
「き、気持ち悪いのか……」
ああええと、そうか。
名前を聞いたりして会話を発展させることもできたな。くっ、やってしまった。
気落ちする俺にクテシアスはキッと目を吊り上げて、挑発するように口角をあげる。
「ふんっ! せんせぇよぉ、名前を覚えたからって、信用できねぇなぁ~。俺達は馬鹿な教師にはうんざりしてんだ、実力を見せてもらうぜぃ?」
「う……が、頑張ろう。どうやって実力を見せればいいんだ?」
「はい! 魔法陣重ねがけの実演がいいと思いまぁす!」
実力を見せるとはどういうことか尋ねれば、今度は廊下側の後方から声が上がった。
「おっナイスだシーラー! それにすっかぁ~!」
シーラーと呼ばれた女生徒は、確かペガサス魔族のシルット・ウィニアルト。
純白の翼が美しく、小柄で活発そうな少女だ。
ウィニアルトの言葉にクテシアスは指を鳴らし、喜々と乗っていった。
周囲の生徒達も同意しながら笑っていて、なんだか楽しそうだ。
よかった、意外と歓迎されていたのか。
「さあせんせぇ、やってみろよぅ? できないならできないで、帰ってもいいんだぜぇ?」
「重ねがけか……」
ニヤニヤと笑うクテシアスに、俺はしばし腕を組んで顎に手を当てる。
魔法陣の重ねがけは割と高度なんだが、魔界の学校ではここまで教えているのか。すごいな……。
これが最初のテストということは、みんなできるんだろうな。
ならそれを基準に授業を始めなければならない。
もしかして、古代魔法陣なんかも使えるのか?
だとしたら魔界の民の技術レベルは、とんでもないことになる。
俺なんて血を吐きながら習得したから、低レベルの授業をしないように気を抜けないぞ。
ぐるぐるぐるぐる。
思考回路の回転数が上がっていく。
「どうしたぁ、やっぱり無理なんだろぉ? ふふふん! おいみんな、せんせぇはおかえりだ! 生ぬるい教師はみぃんなお払い箱だぜぇ~!」
「……よし」
「ん?」
俺は生徒達に恥ずかしくないレベルの重ねがけ魔法陣を脳内で描き、それを実践するべく手をあげた。
少し考え込んでいて、クテアシスの言葉が聞こえなかったけれど、それはそれ。
小さめでいいだろうか……。
あまり大きいと魔力がな。
「固定」
スキルを発動し、フォンッ、と大人の事情で、手のひらに二十センチ程度の固定の魔法陣を作った。
シン、と静まり返った教室内から、訝しげな視線が突き刺さる。
これで終わりではないので気にせず、続けてもう片方の手のひらにどんどん魔法陣を作った。
「硬化、発光、軽量、浮遊、爆破、起爆。それからええと……一応結界……と。わかりやすく、意味のある魔法陣を付けないといけないから難しいな……。さぁ、ここに卵がある。これをここに入れる」
「…………」
「ん、できた。危ないから掴んだらダメだぞ」
作った魔法陣を片っ端から重ねていき、最後に卵を取り出して魔法陣の中に入れる。
氷室に入りきらなかったので、今日の帰りに食堂の厨房に渡そうと思っていた卵だ。
ふむ……いい感じだぞ、八重魔法陣。
少しの狂いもなく合わせた魔法陣はなにがなにやらで、おそらく本人以外解読できないだろう。
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