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第361話

 ◇ 「と言うことで、魔法陣学の体験授業に来てくれたアゼル・ハウリング君だ。みんな仲良くするように」 「…………」 「「「…………」」」  生死の境を彷徨いかけた俺はなんとか復活したので、学園長からの頼み通りアゼルを教室へ招いて生徒達に紹介した。  ──んだが。  教室内は物の見事に静まり返っている。  アゼルが黙り込んでいる理由は、おそらく学校へ通ったことがないせいだろう。  当然クラスで自己紹介なんてしたことがなく、自分がなにか言わないといけないなんてわかっていないからだ。  しかし生徒達が黙り込んでいる理由は、俺にも推察できかねた。  生徒に扮した今のアゼルは、魔法学園なら魔王の顔が知れていると見て変装をしているので、バレてはいないと思う。  魔族カラーの黒いブレザーを身に纏い、目元がまるごと隠れるクリンクリンのパーマなカツラを被っているのだ。  更に、瓶底並の厚みがある眼鏡をかけているからな。  もはや顔が見えるのが鼻と口元だけだ。  ん? 俺は変装していてもわかるぞ。  それに変装をしたアゼルは、どこからどう見ても人間年齢二十代前半程の男だったはずが──すっかり十代前半の幼い容姿に変わっていた。  顔は隠されているが唇は小ぶりで桃色だし、頬は心なしかもっちりとしていてあどけない。  身長も俺より少し小さくなり、前よりも華奢だ。  それでも俺は絞め落とされかけたが。  理由は曰く「人魚の肉って滋養強壮にいいんだけどな、血は吸血系の魔族の見た目だけ若がえんだよ」らしい。  寿命が伸びたわけでもなく、一時的に見た目だけが若くなるようだ。  乱獲されないのかと心配になったが、魔族は寿命が長いのであまり不老長寿なんかには興味がないとか。  ……それよりも俺は密かに、人魚さんに俺にするような吸血をしたのかとドギマギしているのだが……。  それは仕事が終わるまで秘めておこう。  閑話休題。  それほどしっかりと変装をしている今のアゼルは、威圧感があるわけもなく。  気配も魔力も押さえ込んでいるので、むしろ見た目的にも人間くらいの戦闘力しかないように見えるんじゃないだろうか。  いつものように恐れられることはないと思うが……。  自己紹介直後の静寂に、腕を組む。  取り敢えず空いている席についてもらおう。 「ハウリン「……」……アゼルはあの一番後ろの席に座ってほしい。この紙とペンを貸し出すので、黒板の魔法陣を写すんだぞ。後でテストをするからしっかり覚えるように」 「ん」  仮の苗字で呼ぼうとすれば無言で拒否されたので名前を呼ぶと、アゼルは素直に紙とペンを受取って指定した席に向かって歩きだした。  そうするとようやく閉口していた生徒達が、漣のようなざわめきを起こし始める。 「ヤベェ。体験学生今世紀最弱のオーラ漂ってるぜ。なんで特進コースの魔法陣スキル持ちクラス来たし。一個作ったら死ぬんじゃねぇか?」 「でもさっき廊下でアディ先生絞め技カマされてるっぽかったじゃん? 教室の中で翼引っかかって下半身だけ震えてたじゃん?」 「そりゃお前先生だから親とか気にしてシメるの自重したんだろがい。でなきゃあんなモッサリ星の民みたいな奴にしてやられる魔族がいるかよ」 「ってか喋らなさすぎんくない? ちょっと誰か死角から爆破かけろよ」 「そんなんしたらあのクリクリ天パーがアフロになんじゃねぇか。採用」  うーん。  小声のざわめきはよく聞こえないが、生徒達も緊張していたのかもしれないな。  なんにせよ静まり返り続けなくてよかった。  俺はほっと一安心して黒板に向き直る。  ──ドゴォンッ! 「うぉあぁぁあっ!?!?」  が。  背後から聞こえた鈍い音と悲鳴に、そのままくるりと一周回ってまた生徒達に相対するハメになった。  あぁもう、これだから戦闘民族はまったく油断ならないんだ。  すぐ挨拶代わりにメンチを切る……ッ!

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