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閑話 男気番長は甘やかしたい
──時は遡り、最終日・夜。
「おいで、アゼル」
「…………」
ベッドに寝そべり自分の隣をポンポンと叩くのは、擬態の解けたいつものシャルだ。
未だ人魚の血の効果が切れていない若人姿のアゼルは、無言でそっと彼に寄り添う。
シャルはそんなアゼルを抱き寄せ、優しく上掛けを被せると、その上から体を軽く叩いた。
幼児にするような行動に、アゼルはなんとも言えない気持ちだ。
当然下心故に、抵抗はしない。
けれどなんだか、そう、この見た目になってから──子供扱いされている。
確信を得ているアゼルは、眉間のシワを深くして口元をへの字に曲げた。
普段から犬扱いならしばしばされているが、これは侮られている様でいただけない。
先生役を熟していた時は庇護欲がにじみ出しつつも自重していたみたいだが、シャルのそんな態度は、二人きりだと顕著になりだした。
帰宅後に戯れているとやれ「お菓子を食べるか?」だとか。
夕飯中に話しているとやれ「たくさん食べて、大きくなるんだぞ」だとか。
入浴中に微睡んでいるとやれ「湯船に浸かってから百数えてしっかりあたたまるんだ」だとか。
その他いろいろ、云々かんぬん。
正直素晴らしい甘やかし祭り、じゃない。全くよろしくない。
至福の時ではあるが、一人の男としてはノーサンキュー。
多少若返っただけで弟の様に甘やかされると、旦那として意識されていないようで、複雑な気持ちになるのだ。
いつだってシャルにはドキドキしてほしいし、できればムラムラしてほしい。
あんなふうにあっさり風呂に顔を出して親指を立てられても、アゼルのほうが「きゃぁぁあ変態ぃッ!」となぜか胸元を隠すリアクションを取ってしまうだけだ。
なにもロマンスが始まらない。
チクショウ、どうして魔王なのにヒロイン体質なのか。
考え事をしていたので上の空だったところに突然本人から声をかけられたものだから、気が動転してしまった、と言うのが真実である。
普段から露出は多く裸は見られている。
風呂は共に入ることも多い。
だと言うのに、なにを今更素っ頓狂なリアクションを。
自分はあまりに不意打ちに弱い。
アゼルは自分のイマイチ格好良くない性質を恥じて、シャルの腕の中で内心涙ながらに震える。
現在のアゼルは姿こそ人間年齢十三〜十六と言った具合に幼く、いつもの黒い夜着もダボつきが否めない。
鬘も眼鏡も取り払っているので、客観的に見ると発展途上の中性的な肉体を持つ、黒髪黒目の美少年である。
だがしかし。
中身は普通に、百歳超えの成人男性なのだ。
仕事で離れる時間が多い数日を乗り切った愛する人は、アゼルをベッドに誘い抱き寄せておいて、どうして普通に健全な睡眠をとろうとするのか。
まぁ──悪くはないがなッ!
今のアゼルは、そんな二律背反の思考に支配されていた。
有り体に言えば、甘やかされるのは嬉しいが自分は今、ムラムラしているということだ。
意訳すると、昼間は硬派で真面目な先生であった自分の嫁を、思いっきり犯したい。
つまり、襲いたいのである。
「ん……眠れないのか、アゼル。子守唄を歌ってやろうか」
「なんでだよっ」
いつもならセックスになだれ込まなくとも、ベッドに入ってなにか話したり、触れ合ったりする熟年夫夫。
けれどどうも大人しいアゼルに寝付きが良くないと見たシャルは、そんなことを言い出した。
シャルは疲れているのか、元々おっとりとした深海色の瞳を、とろんと微睡ませて微笑む。
まったくしかたのないやつだな、とでも言いたげな、慈愛に満ちた眼差しだ。
父性の目覚めは、一目瞭然だった。
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