375 / 615
第375話
思わずガウと吠えたアゼルを軽くなで、シャルは数度瞬きをして眠気を散らす。
その睡眠欲を打ち消す技術はなんなんだ。
あれか、シャチクという現代職の名残か。
夜に強い種族であるアゼルは、ちっとも眠たくない。
しかしシャルはアゼルをなでつつ、子守唄を歌い始めた。
「ちっちゃなころから悪ガキで〜、十五で不良と呼ばれたよ〜」
「!?」
「ナ〜イフみたいに尖っては〜、さ〜わるものみな、んっん、傷つけた〜」
傷つけた、の前にリズムよく背中をトントンと叩かれ、落ち着いた低めのテノールボイスが奇っ怪な歌詞を奏でる。
アゼルは目を丸くして、待ったをかけざるを得なかった。
俺の知ってる子守唄じゃねぇぞ。
キョトンとするシャルに物申し、この歌の謎を明かしてもらわなければ。
「おっお前十五でグレてたのか……っ? 十五ってお前、幼児じゃねぇか」
「人間なら今のアゼルくらいだが、じゃなくて。そういう歌詞なんだ。俺のいた世界で子守唄と言えば、取り敢えず喉鳴らしにこれを歌うのが定番とされていた」
「定番ソングがナイフなのか? お前のいた世界の人間やべぇな……。ナイフみたいに尖るって、どうやってんだ?」
「んん、それは俺もよくわからないが……、あ、そうだ。髪の毛がな、ツンツクしている人達がいたぞ。あれを基本みんな〝盛る〟と言っていた。ナイフみたいとは、盛り髪のことだ」
「ツンツク、盛り髪……ってことはあれか、アホ勇者は十五から尖ってんだな」
「そうか……リューオの髪は触ると刺さるのか……」
疑問をぶつけると自分なりに答えてくれたシャルは、神妙に頷いた。
この子守唄はリューオのテーマソングだったみたいだ。
シャルはチェッ○ーズと言う人間達が歌っていたと教えてくれた。
全員勇者だったのかもしれない。異世界やべぇな。
さらに続けると、喉鳴らしが終われば普通は「坊や〜よいこだねんねしな〜」やら、「ねんね〜んころりよ〜おころりよ〜」と歌うらしい。
知らないことを知るのは楽しくてほうほうと聞いた。……いやそうじゃない。眠いわけでは断じてないのだ。
加速する勘違いに、我に返る。
あやうくシャルののんびりペースに絆されるところだった。
アゼルは子守唄の話を切り上げて、シャルの胸元に額を当てた。
更に腕を回し、彼の体を抱きしめる。
「ふふ、くすぐったいぞ」
しかし抱きしめるというより抱きついているように思ったのか、シャルは胸元で擦れるアゼルの髪をこそばがるだけで、シグナルを受け取った様子がない。
素直に抱きたいと言えばいいのだが、わかりやすく口にするのは避けたがる性質なのだ。
最終手段を使い吸血の催淫毒でその気になってもらってもいいが、疲れているところに貧血を足すのはよくない。
よくないが、己の欲望は我慢できない。
アゼルは悩んだ結果、無言でシャルの足に自分の足を絡ませ、枕と首の隙間に手を押し込み、彼の首に両腕を引っ掛けた。
そしてそのままぐっと身体を捻り、隣で横になっていたシャルを自分の上に覆いかぶさる形にさせる。
「っと、」
「……、眠くはねぇ、俺は。体力はあるし、中身はいつもの俺なんだぜ。お、大人の! 俺だ」
「ん? わかっているとも、大人だな」
「なぁ現在進行系だぞ」
アゼルを押し倒しているような形にさせたというのに、呑気に頷きながらポンポンと頭をなでられ、クワッと睨みつけた。
だめだ。
こちとら頭ポンポンでムラムラする立派な男だと言うのに、シャルはおませな子供に微笑ましくなっている。
ともだちにシェアしよう!