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閑話 卵の中(sideタロー)

「おはよう、卵太郎。今日は良い天気だ。良い天気というのは、空が青くて太陽が温かい日のことだぞ」  コトン、と動く。  おはよう。  これは朝の挨拶というもの。  私はこの声に拾われて、初めて知った。  空というものが青い色をしていることも、その空に浮かぶ太陽というものが温かいことも、この声が教えてくれた。  声の主は時間を見てはころころ私を転がして、中身が固まらないようにしてくれる。  ほんとはもう大きくなっているから、それはいらないんだ。  だけど私は、ころころされるのが好き。  ころころするのは、声が中身が固まらないようにって、私を心配しているから。  言葉はね、実は私が元いた場所で覚えてたんだ。  私が生まれたらどうするかも、そこではよく聞こえていたんだよ。  そこは寒かった。 「シャル、毛布が余ってたから、タローにやる。捨てるよりマシだからな」 「ん? ふふふ、流石。優しい魔王様だな」  外で声がまた増える。  この声も、最近近くで聞こえるようになってきたもの。  この声は〝まおうさま〟という名前なんだね、ふむふむ。  いつも私を世話してくれる声は、〝しゃる〟。ふむふむ。  そして私は〝たまごたろー〟というみたい。  たろー、これはかわいい名前、嬉しい名前。  言葉を覚えて知ることは、あんまり好きじゃなかった。  なのにしゃるとまおうさまの声は、とっても好きだなぁ。なんでだろう。  しゃるがまおうさまを呼ぶとき、なんだかあったかい。  まおうさまがしゃるを呼ぶときも、なんだかあったかい。  今日は毛布をたくさん巻いてもらった。  えへへ、たろーもあったかい。  ここは、寒くないね。 「──それでな、こっそり驚かせようとお菓子を持って執務室を訪ねると、アゼルが女性の口説き方という本を読んで、その練習していたんだ」  コトンコトン、と揺れる。  しゃるはいろんなことを話してくれるけど、出てくる名前は一緒がおおい。  あぜる、らいぜんさん、がど、ゆりす、りゅーお、それからぜおと、まるおと、最近はきゃっと。  あぜるというのは、まおちゃんのこと。  しゃるはまおうさまはかわいいって言うから、まおちゃんにしたよ。へへへ。  しゃるがかわいいって言うのは、まおちゃん以外はゆりす。だからゆんちゃん。  りゅーおは凶悪、らしいから、ええと……悪い子だね。がおがお。  がど、はりゅーじんさん。りゅーは竜、とってもおっきいの、かっこいいから、がどくん。  らいぜんさんは、さいしょーさん。  偉い人、それからおかーさん。ままなんだって。  みんなに囲まれるといつも楽しそうなしゃるは、今日は少ししょんぼり。 「読書はいいんだが……誰かを口説く予定があるみたいで、ちょっぴりモヤモヤするだろう? それにとっても熱心に読んでいて、顔が赤かった。照れていたんだ」  声がしょんぼりしている理由は、まおちゃんがなにかしたからみたい。  むむむ、おこらないとだめだよしゃる。  大人はいつも怒るものでしょ? 「でもアゼルのことだから、口説かないといけない理由ができたんだと思う。見なかったことにして、毎日アイツの練習をそっとしているぞ。……本当はちょびっとだけ、いやだ。俺なら口説かれなくても、いつもアゼルに恋しているのに」  まおちゃんのモヤモヤを見ないことにしたしゃるは、モヤモヤが嫌だからしょんぼり。  私はしゃるのしょんぼりが嫌だから、卵をゆらゆら。  しゃるは見ないことにしてばかりなんだよ。  私に言うみたいに、まおちゃんに言えばいいんだ。  そうしたらまおちゃんは、叱られてごめんなさいをすると思う。  私は卵だけれど、まおちゃんがしゃるに敵わないのは知っているんだ。  そのお話をするけど、これはナイショだよ?

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