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第396話

 いつか言ったように、俺はアゼルより先に死ぬ。  人間だからな。  順当に寿命が来るなら、必ず先に死ぬのだ。  そうするとアゼルは一人になるが、あいつはそれでもいいといった。  天使に襲われた時のこと。  俺が一度死んだと聞いただけで、声も出せず真っ白になって震えていたくせに、諦められない証明をするんだと言っていた。  俺はそれが嬉しいし、もうわがままだからと口をつぐむこともない。  なぜかアゼルは、俺が格好悪く甘えてすがり付いてダダを捏ねたほうが、驚く程機嫌がいいんだ。  俺は恥ずかしいんだが……。  そんなアゼルだから、な。  ひとりぼっちにさせるわけにはいかない。  俺の他にも、アイツが愛する人がいればいいと思った。  その、彼女とかだと嫌だから、できれば俺も愛している人だと嬉しくて。  そうなるとそれはふたりの子供だろうな、と早々に気がついていた。  そしてそれは俺があげられないものだ、生まれつきそう決まっている。──はずだった。  タローは、神様なのかもしれない。  無神論者の俺も、神様の存在を信じかけてしまった。  突然、あんなにかわいらしい子が、俺たちのもとへやってきた。  卵の頃からペットとしてかわいがってはいたが、それだけじゃない。  明確な人格を持つ彼女とともに過ごすと、もうそれを超えて、たまらなく愛おしいのだ。  頭をなでると喜ぶところも、落ち着きなくはしゃぐところも、アゼルに似ているような気さえする。  だけどアゼルと似ていないところもあった。  明るく素直な性格で、表情豊かな彼女はなんでもポジティブに捉える。  アゼルは彼女のそういうところを、俺に似ているから、憎めないと言っていた。  じゃあ──愛してしまわない、わけがない。  もちろん、親になんてなれるのかと思った。  生き物を育てるのはたいへんだ。  子供のやることを耐えられず、怒るかもしれない。  嫌になって酷いことを言ってしまうかも。  他にもたくさんの懸念材料がある。  ……でも、俺は一緒にいたい。 『普通は孵した卵が魔族だったとしても、然るべきところに届けておきます。今からそうすることもできますが……いいんですね?』  タローの今後の身の振り方を決めている時、ライゼンさんは心配そうにそう言った。 『後悔することが、あるかもしれません。私は申し訳ないですが……タローより、貴方様と魔王様が大事なので。負担になるなら、すぐにでも施設へ躊躇なく送ることができますよ』  ライゼンさんの優先順位はハッキリとしている。それを、俺の代わりに行使してもいいと。  そんな優しい彼に、俺は言ったのだ。  周りや彼女に負担をかけるのは、俺だと思う。  でも彼女のためにできる限り、いや必要ならそれ以上にとてもとても頑張るから。  どうか彼女の、家族でいさせてくれないか。  あんまり真剣にいうものだから、ライゼンさんも笑って「じゃあ私はその手助けを、とてもとても頑張りますね」と言ってくれた。  彼にはいつまでたっても、頭が上がらない。  俺たちをいつも影で支えてくれているのは、紛れもなくライゼンさんなのだ。  アゼルは俺がもともとかわいがっていたものだから、すぐにタローをじゃあ娘だなと納得したと思っているかもしれない。  だがその実、そんなことはなかった。  俺は俺なりに命を引き取ることも、自分がそれに慣れていないことも、降りかかるだろう困難も覚悟をしている。  全部わかった上でも、俺の満場一致でタローが好きだ。  だから一緒にいたいんだ。  ふふふ、自分に笑ってしまう。  下心も込みでごちゃごちゃと考えたのは本当だが、本当のところ……俺は好きな子をそばで大切にしたいだけ。  それをできれば、アゼルと一緒にしたいだけ。  お前ははじめっから家族がいなくて、ひとりぼっち。  俺は家族がいなくなって、ひとりぼっちの世界に来た。  でも今は大事な人という家族が、どんどん増えていると思うんだ。  それがもうひとり増えると、その分俺たちは幸せになると思わないか?  そしてその家族を俺たちが幸せにすればいい。  家族とは、そういうものだから。  仮初の闇の中で今日を振り返ってからまぶたをそっと開く。  視界にはウェーブした柔らかなクリーミィブロンドが目に入り、静かに寝息をたてていた。  疲れていたのだろう。  他人の暖かさは一人じゃわからない。  一人だったから暖かいことを知っているし、それをたくさん持っている人より、ずっと大事にしてやれる。 「……アゼル、」 「っ、ん、んっ?」  きっと誰よりも大事にしてやれるだろう愛しの旦那さんを呼ぶと、案の定起きていた彼は、驚いたように控えめに声をあげた。  まああれだけ腹筋をなで回されれば、起きていることぐらい気が付くぞ。  さて、子供ができると、夫婦には迂闊にできなくなることがあるのだ。  俺と同じく初心者マークなパパのアゼルは、知っているのだろうか。 「タローがいる時は、しないからな」 「なッ!?」  そういうとアゼルは、タローやアゼルのことに頭を悩ませていた俺と違い、いかにしてタローにバレないように手を出せばいいのかを一晩中悩んでいたのだが……。  まさかそれがそこまで重要案件だと思っていなかった俺は、全く気づかずに、夢の世界へ旅立ったのだった。  魔王とそのお嫁さんな俺たちの新しい家族。  のほほんほのぼのに磨きがかかるが、きっともっと楽しい生活が始まるだろう。  十二皿目 完食

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