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第395話

「よしタロー。卵の時から俺が言っていた、眠る前の挨拶を覚えているか?」 「ぴぃ! ぴぃ~」 「人語で言ってみろよ、タロー。そうしたら俺が抱きしめたシャルの腕で、抱きしめられる権利をやるぜ? 俺は温厚な魔王だからな」 「ぴぃ!?」 「こらアゼル。タロー、言えなくても抱いて寝るから、チャレンジだけしてみるか」 「ぴぅ!」 「ぐぐ……! シャルはタローに甘いんだ」  ただおやすみを覚えているか聞いただけなのに、アゼルはずっと二人で寝ていたベッドの新入りを、いびるようなことを言った。  なので、こら、と後ろ手に鼻をつまむ。  拗ねたようで、強く抱きしめられた。  タローはそれに難しい顔をして、唇、いや嘴か? いやいや見た目は唇。  それをもごもごさせながら、どうにかおやすみの人語を頑張り始める。 「ぴゅお、ぴゅおっ」 「うん」 「ぴゅぉ、ぁ、ぴぃ?」 「うんうん、判定まおちゃん。子供判定だぞ」 「まぁまぁ合格」 「ぴぃぃ~!」 「よかったなタロー、いいこだ、いいこ」 「うぐぐぐぐ……!」  かなり怪しいおやすみをいいこだと褒めてタローをなでれば、またしても強く抱きしめられ、髪の額を擦り付けてくるアゼル。  そうだな。  お前もいいこだし、俺にとってはかわいい。  頬が緩んで締まらない俺は、タローをきゅっと抱き寄せる。  その俺をアゼルが抱きしめている。  やけに間のせまい川の字になったが、これでこそ俺たちなのかもしれない。 「おやすみ、アゼル、タロー」 「……おやすみだ」 「ぴゅおぴぴ!」  そっと目を閉じると、ふたり分の声が返ってきた。  ああ、今夜はいい夢が見れそうだな。  ──今日は朝からいろいろあって落ち着かない、慌てっぱなしの日だった。  子供を育てるのは初めてで、それももう随分大きな子供。  俺よりも賢いかも知れない。  普通は……拾った卵を自分の子供としてなんて、育てないと聞いた。  親のいない魔族はガドのように似た種族に預けて、そこで暮らす。  本人の希望があれば弱い魔族を囲っている城で同じように暮らすこともできるが、拾い主が養子として引き取るなんてうまくはいかない。  なぜなら奔放な性質の者が多い魔族は、自分の子供でもないのに、時間を割いたりしないからだ。  それもタローは……おそらく精霊族。  魔力がなければ、魔石ではなく魔力を使うタイプの魔導具は使えない。  弱肉強食な魔族は魔族より多少劣る精霊だと気づけば、その態度を隠さない。  気に食わないものは排除される。  一人で生きていてある意味他に影響されなかったアゼルが温厚なのは、本当だ。  あいつは憧れの恩人も俺も人間だから、本性とは違うがその倫理観を尊重しているのだ。  乱暴なものはもっと乱暴。  だが、俺はそれでもタローを自分の家族として迎えたいと思った。  ライゼンさんに事情を聞いても、その意思は変わらない。  理由のひとつは、タローが愛しいからだ。  たった三ヶ月でも、俺の言葉がわかるように反応するタローを、大事に育てたつもりである。  情が湧くには十分すぎた。  どうしても目が離せなくて、かわいくて仕方ない。  そしてもう一つは──アゼルが愛しいからだ。

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