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第406話
冷静な俺が脳内に住んでいれば、どう見ても酔っぱらいでしかない。
けれどお生憎様。
今の俺は無敵のへべれけだ。
ぼやぼやと赤い頬で、窓から入って来たガドが胸の前でバツを作ってリューオにニンマリと笑みを浮かべるのを、眺める。
「イエスドラゴン、ノー銀トカゲ。もしくはシャルと魔王を見守りご褒美になでられ隊長と呼べィ。空軍長官ってそう言う役職だぜィ」
「ガド、お前馬鹿なの? それなら僕のお父さんはなに隊長になんのさ。取り敢えず今面倒事になってるから、今すぐもう一度フライアウェイして来て? これ以上アホはいらないの」
「海軍長官は夏季休暇に帰る田舎の……、じゃなくて、ヤダぜェ〜。俺はタローとシャルに絵本を読み聞かせてもらいに来たんだからなァ〜」
「ん? おれ?」
戦意喪失のリューオに代わって受け応えたユリスの言葉に、ガドが俺の話をしたのが聞こえた。
それでつい、ぼへあ〜っとした間抜けな顔で首を傾げてしまう。
ドン、とテーブルにボトルを置く。
ガド登場で間があったから、最後の一本も飲んでやろうと思ってな。
むへへ。美味しかった。
「おっ。シャァルゥ〜」
首を傾げた俺に気づいたガドは、長い尻尾をブォンとスウィングさせて、ウキウキと俺の元へ近づいてくる。
それが俺は嬉しくて、にへらっと笑みを浮かべ椅子から立ち上がって迎える姿勢を取った。
──あれ、ユリスがなぜか全力で、首を横に振っている気がする……。
リューオは目をそらしているし、タローは巻かれたまま卵を思い出したのか、ゆらゆらしていた。かわいい。
しかしどれも、背を向けているガドに見えないのが残念だな。
「がど、おれにあいにきた? うれしい、おいで」
「お? ゴキゲンだな。俺も嬉しいぜェ〜。あんなァ? 後でアホほど絵本持って魔お、」
──グイッ。
「ンっ?」
「ん」
うん。
もちろん、ガドにもチュ、とキスをした。
両手を広げる俺の前になにか言いかけながらやってきたガドを、問答無用で捕まえてだな。
首に腕を回し、それはもう当たり前にキスをした。
仲間はずれは良くないからな。
目をパチパチと瞬かせ、抵抗もせず俺を見るガド。
その目は〝なにが起こっているのかわからない〟と雄弁に語る。
「ぅむ、がど、かわいい。すき、ふ……」
防御力の高いガドだが、唇は柔らかだった。
ふんだ。
ユリスとリューオは俺に意地悪をするので、もうキスをしてあげない。嘘だ。
ガドが硬化しているのをいいことに、チュウチュウと容赦なく好意を伝える。
──んー……、んん……?
ガドの向こうでリューオが目をそらしたまま、壊れたように首を振るユリスと、似非卵のタローを担ぎ上げ、窓に向かって走り出している気がするなぁ……。
はてはて。
リューオ達はいったい、なにから逃げだしているんだろう。
そしてガドはどうして目線を俺の後ろに移動させて以来、拳銃突きつけられた犯人のように、両手をあげているんだろう。
「はっ、……? がど、おれはこっちだ。みて」
よくわからない現象が続いて、みんな俺から逃げていくのが気に食わない。
俺は唇を離して、ガドをじっと上目遣いに見つめる。
「…………、その、なんだ……俺も逃げていいか?」
しかし彼は目線を俺に向けないままだ。
珍しく間延びしない真剣な口調で、冷や汗を流しながら声を震わせる。
その質問は、俺の後方にあるだろう出入りの扉あたりへ向けられているようで──
「闇、永久深淵夜、」
──そして質問の返答は、静かな魔法。
俺の最も愛しい声による、魔法の気配がゼロに近しくなるぐらい洗練と練り上げられた、温度のない詠唱だった。
ガドから手を離して、そっと振り向く。
んんん……。
あぁ、確かその魔法は、お前のとっておきの固有深淵魔法じゃなかったか?
「あぜる」
影は扉の前から軽々しく最終奥義とも言える魔法を手のひらに弄びながら、ゾンビのようにゆっくりと歩いてくる。
それはまさしく、魔王で俺の旦那さんである──アゼルだった。
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