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第408話
なんてことだ。
アゼルが泣いてしまった。
悲しい。悲しいけれどかわいい。
かわいいんだ。だって俺のアゼルだから。
にへにへと笑ったまま、涙腺決壊寸前のアゼルにガバッと両腕を開く。
受け入れ準備万端。
さぁおいで? おかえりのちゅーだ。
「っ、……ぅぅ、ヒック……しゃ、シャルぅ〜〜〜〜……っ!」
「ふぐぇ」
アゼルは魔法を操るのを止め、積を切ったようにうええんと泣きながら、突撃してきた。
そうして俺の腹をすがりつくようにキツく抱きしめたわけだが、内臓が出そうとは、言えいつもより弱々しい抱擁だ。
むぎゅうと締められ真抜けた声が出る。
んん〜……。
なにかのダメージが大きすぎたのか。
今日の午前の仕事は戦闘だったのかも。
それとも絵本が重かったのか?
なんてことだ。か弱いアゼル、とてもかわいい。
どうにか腕を回してかわいいかわいい旦那さんを抱き返し、俺はにへにへと締まりない表情で慰める。
泣いていてもかわいい。
アゼルかわいい。一番かわいい。
アゼルは俺にしがみつきながらも、テーブルの上のワインボトルを全て闇の中に落とした。
大号泣を唇を噛んで耐え忍ぶ子供のように、ボロボロと涙をこぼし、うーうーと唸る。
「おっ、俺は目がいい、から、見ただけでっ、お前が酔ってるのが、わかっ、わかったけど……っ、好きも、キスもっ、他のっ……うぅっ、っ馬鹿野郎ぅぅぅ〜〜……っ!」
「んー……? ちゅー……あぜるかわいい。おかえりのちゅーと、かわいいのちゅーもする。それに、おれをむししたの、やだ。やだから、こっちみてのちゅーもしよう」
「ちゃんと聞け馬鹿ぁぁ〜〜〜〜…ッ!」
「む……」
アゼルはあんなのガドを仕留めるしかないだろうがうわぁぁぁん、と一層泣き出す。
俺が一番好きなのは変わらないのでキスに塗れさせようとしたが、更に馬鹿だ馬鹿だと罵倒されてしまった。
──むう……なぜだ。
俺はお前をかわいがりたいのに……。
「ただちゅーしたいだけなのに」
そうなると俺は、ふくれっ面でまたも拗ねるに決まっている。
だって俺は一生懸命ワインを消費して、ユリスがヤケ酒しないよう頑張ったんだ。
結果溢れ出した愛を表現しただけなのに、タローを奪われ、ユリスにもリューオにもガドにも逃げられて。
かわいい二人に拳骨を二回も食らったし、散々みんなに嫌われたんだぞ?
その上不動の最推しのアゼルに可愛らしく泣かれて叱られるなんて、そりゃあへそを曲げるだろう。
俺はご機嫌ナナメになって、抱きしめるアゼルからプイッとそっぽを向いた。
「じゃあもう……あぜるとちゅーしない」
「ヒグ……ッ!」
「やだ、のいて。おれ、おれはがんばったのに、ふむ。あぜるはおれ、ばかっていう。もうちゅーしない」
「うぁぅっ、うぅうぅ〜〜〜っ!?」
たいして力も入れずに、そっとアゼルの身体を押しのける。
するとアゼルは人語がどこかへすっぱ抜けたようで、奇声を上げて滝のように涙を流し、ワナワナと震え始めた。
もう。
そんな顔をしても許してあげないぞ。
みんな酷い。
俺はただ大好きで、かわいくて、抱きしめたくて、やっぱりしっかりキスしたいだけなのに。
みんなにフラレてその上アゼルにもキスできないなんて、拗ねるしかない。
「……うう、うぅん?」
アゼルにキスできない?
なんでだ?
俺はお嫁さんなのに、どうして旦那さんにキスできない? わからない。
そっぽを向いていた顔を、すぐにアゼルに向き直す。
俺は眉を垂らしてへの字に口を曲げ、真っ赤な顔色のまま、情けなく涙目になった。
「おれ、っあぜるにちゅーできないのか……? ひぅ…………や、やだぁ〜〜……っ」
「うぅう俺も嫌だぁ〜〜っ!」
──こうして。
修羅場ではと恐る恐る様子を見に来た勇者パーティーは、うわぁぁぁあん! と泣きながら、ひっしと抱き合う俺達を発見するに至り。
よかったこの二人だといつも通りの脳内常春馬鹿エンドだ、と解釈。
悟りを開いた微笑みを浮かべて、扉をそっ閉じする運びとなったのだった。
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