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第426話

 朝シャワーを浴びた時に、こっそりカミソリで剃ってみたのだ。  ツルツルの自分を省みて、本当は女装の為だったと言う事実に、なんとも言えない感情が渦巻いた。  何度でも言うが、今の俺は女装するわけでもないのにツルツルなんだぞ。 「アゼル、俺に隠し事はないと言ったというのに……っ」  昨夜アゼルに誤魔化されたことに気づいた俺は、シュン、としょぼくれて震える。  そして俺の心情なんてこれっぽっちも気にしないリューオ曰く、だ。  アゼルは今日、城下街の女装コンテストに出場する為に、聖剣でムダ毛の処理を頼んできたらしい。  元々毛の薄いアゼルだが、剃り残しを考えて魔族特効の聖剣を使うあたり本気だ。  本気で女装しに行ったのだ。  あんなにしれっと仕事に出かけていったのに、アゼルめ。  女性と浮気ではなく、自分が女性になるつもりだったなんて! 「コンテストなんて、せめて俺にも言ってほしかったぞ……! 俺もアゼルに一票を投じたい……っ!」 「そこかよッ!」  ん? そこしかないだろう。  意味はわからないが、せっかく旦那さんが頑張って女装を極め、戦いの舞台に赴いているんだ。  妃の俺が応援しないでどうするんだ。  隠し事されるより、応援させてほしかった。  女性扱いされたかったのか、女性になりたかったのか、単純にそういう趣味なだけなのか。  真偽は置いておいて、こうなったら俺もアゼルに投票して、コンテスト優勝に貢献するしかないのである。  静かに意気込む俺にリューオは面倒臭そうにしていたが、不意に目を輝かせてニヤリと笑った。  強盗計画中の犯人みたいだ。  凶悪フェイスは伊達ではない。 「だったら今からテメェも女装して、会場に行けばいいじゃねェかッ。確か会場は男子禁制、女装男子かニューハーフしか入れない決まりになってるからなッ」 「リューオ。確かに今の俺はツルツルだが、自分が女装男子とクリーチャーのどちらになるのかぐらいはわかっているつもりだ」 「ククククッ! 大丈夫だって! お前も面はイイんだクリーチャーにはならねェよ! せいぜい映像規制はいるくらいだってッ!」 「規制されたらダメじゃないか。モザイク塗れでアゼルの応援をするのか? 観客のアクが強すぎて、警備員に連れ出されるまで五秒とかからないと思う」 「まあまあまあ。ここはユリスに突っ返された化粧品をたっぷり召喚魔法域のこやしにしてる俺が、うまいことそのお硬てェ男前な面をモンスターメイクにしてやるぜ!」 「結局モンスターだぞ」  ユリスにすげなくあしらわれた挙句、暇を持て余したリューオは喜色満面面白がって、コンテスト会場に女装で乗り込むことを推奨してくる。  言っておくが、俺がして行くならリューオも頑張って連れて行くからな?  ユリスとの喧嘩一回仲裁券をダシに、全力で頼み込むからな?  ──そうして応援には行きたいが女装は渋る俺を、口八丁手八丁で連れ出そうとするリューオという穏やかな初夏の午後。  突然、ガチャ、と窓が開く音がした。  俺はそちらへは視線を向けずに、来客の正体にあたりをつける。  窓から入ってくるのはガドだろう。  その為に鍵を開けっ放しにしているのだ。 「──話は聞かせてもらったのだよ。私も混ぜてくれないかな?」  ガタガタッガタンッ。 「殺していいんだよな?」 「俺の獲物だ」  同じくどうせガドだろうと高をくくっていたリューオが、俺と同時に立ち上がった。 「あはははは。ちょっと君たち目視コンマで殺意高すぎない? 今天界離れてるから戦闘力半減なのだよ、私」  お互い愛剣を取り出し、身体強化をかけて構える。  殺意も湧くだろう。  なんでここにいるんだ。 「私はグウェンドルグ・アン・メンリヴァー、天王だ。グウェンちゃんと呼んでおくれよ。いやいや、前は名乗る前にナイルゴウンにフラれてしまってね? 改めてよろしく。魔王の妃と、異世界の勇者」 「「誰がよろしくするかよ、クソ天使」」  珍しくユニゾンしたセリフ。  突然の侵入者こと天王──グウェンちゃんは元・勇者と現・勇者の殺気たっぷりの剣の鋒をむけられ、似つかわしくない無邪気な笑みを浮かべた。

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