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第427話

 ──半時後。  コンパクトに折りたたまれてはいるが、即バトルの引き金となった三対の純白の翼。  窓から降り注ぐ太陽光を受け、キラキラと輝く白銀の髪に、青空のように澄んだ瞳が良く似合う。  翼の為か、ゆったりとした上質な白の衣服に長身の身を包み、当然のような顔をして席に着く男。  黙っていれば温和な面立ちのおじ様である天王は、現在──俺の対面で勝手に麦茶を嗜んでいた。  視線で殺せそうなくらい自分を睨む俺とリューオなんて、気にもしていない。  むしろ大歓迎ムードだ。  リラックスしすぎである。 「──つまり天王は、アゼルが天界を半壊滅状態にしたから、停戦なんて生易しいものではなく、無条件降伏で実質絶対服従の契約を結ばれたと? 会合はなくなり、天王自らが天界を離れて報告に参じなければいけない程、完膚なきまでに負けたと?」  殺伐とした空気でどうしてここにいるのかを語られ、まとめると、天王はニコリと微笑んだ。 「そうだとも。しかし妃よ。グウェンちゃんと呼んでほしいと言ったじゃないか」 「俺はまだ、グウェンちゃんがアゼルを苦しめたことを、これっぽっちも許していないからな? 直接的に手を下したり、そもそもの内容を考えたのがメンリヴァーでも、言いだしっぺのクソ野郎はグウェンちゃんだろう」  魔界メンバーのような顔をして混ざってきたグウェンちゃんに睨みを利かせ、拒絶する。  あんなことがあったんだ。  流石の俺でも許せないぞ。  例え、知らない間にアゼルが不利な筈の天界に単身追い打ちをかけ、向かってくる城の兵士を塵にし、絶対服従を誓わせていても。  更に反発した天使はその瞬間、少しずつ圧縮して殺したんだと、笑って教えられても、許さない。  ライゼンさんが笑顔で〝服従なら平穏を。逆らえば生き地獄を〟な、死なないギリギリかつ、死に物狂いの反発や密かに力を蓄えての謀反もできない、エゲツない条件の条約を呑ませていたとしても。  そんな肉体的、精神的の両方から誰も逆らえないプレッシャーを容赦なくかけられて、だな。  魔界の怒らせてはいけないツートップに、可哀想なくらいフルボッコにされていても──許してはいけないのである。  ……列挙するとこちら側が恐怖の侵略者でしかないのだが、それは結果論だ。  初めに手を出したのは天界だぞ。  とはいえ、かなり相手が悲惨ではある。  その……まぁ、俺はもう手を出されない限り、剣を振るうのはやめておこうか……。  アゼルを傷つけたことは絶対に許さないが、制裁は加えないでおこう。  弱体化する魔界に出向いてきたグウェンちゃんをダブル勇者で仕留めたら、夢に出そうだ。  よくよく考えて良心の呵責に苛まれた俺は、身体強化は解かないが剣をしまい、リューオに目配せした。 「チッ。ンな殺気立ってるくせに、甘いぜシャル。あの時は俺もユリスも怒りでブチギレてたから、殺る気満々だったってのによォ」  俺がゴーと言うのを今か今かと血走った目で待っていたリューオは、釈然としないまま聖剣をしまってくれた。  もう忘れているかと思ったが、天使は敵だとインプットされていたみたいだ。  そんな俺達をマイペースに見つめるグウェンちゃんは、ポンと拍子を打って、カラカラと笑った。 「ああ、あの時はすまなかったね。君を殺す気も、拷問する気もなかった。私はただ腑抜けの天使に飽いて、温厚な化物であるナイルゴウンをどうにか怒らせて殺し合い、全力を尽くした挙句に殺してほしかっただけだったんだよ」 「アァン? ド変態のイカレ野郎だなコイツッ! 殺されたがりのバトルジャンキーとか、頭逝ってるわ」 「あはは! そのとおりだとも! でも私を散々いたぶった後、ナイルゴウンは〝殺されたい私を殺さないのが一番効きそうだ〟って、殺してくれなかった。酷いと思わないかい? 自分より強い生き物なんて魔王ぐらいしかいないのに、残酷なことだ」 「酷いのはグウェンちゃんの性癖だと思うぞ。アゼルが殺さないと決めたなら、俺は尚のこと殺すわけにいかないな。ピヨピヨ鳴くのはこれっきりにしてくれ」 「ねえ先程から妃は私に対してだけ口が悪くないかい? 勇者と話している時はそんな口調じゃなかった気がするんだが」  気のせいだ。  俺はその言葉に返事をせず椅子に座り直し、無駄に身構えさせられた緊張をほぐすように、麦茶を飲んだ。  それに倣って同じく麦茶を飲むリューオは、しれっとグウェンちゃんの翼に向かって火の玉を飛ばす。  けれど飄々としながらも戦闘体制に入っていたのか、グウェンちゃんは防御壁を張っていたらしい。  グウェンちゃんに間抜けな悲鳴は上げさせられず、隣から舌打ちが聞こえた。

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