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第434話(sideゼオ)

 キャットは普段ボロクソに貶してくるのに、見かけたら必ずいそいそと絡んできて、罵倒しながらついてくる妙な副官仲間。  嫌われていないとは思っていても、恋をされているとは、流石のゼオも気がつかない。  ゼオの言葉にきゅっと翼を畳み、キャットはこそこそと仏頂面で下から睨みつけてくる。  先を促されているが、この表情は女装姿なのもあってかわいらしいかな、とゼオは思った。 「んー……まぁ、性別より俺のボーダーを超えている人で、尚且つ一緒にいて疲れないかですし。性的指向は女性ですよ。男でも勃ちますけど、あえてそっちに行くことはないですね。結局は、好意を持ったらどうとでも……これでいいですか?」 「うぐぐぐっ、結局はよくはないッ! あえて行けばいいじゃないか臆病者がっ!」 「めんどくさいなあんた」 「めんど、うッ!?」  ピシッとデコピンをして、めんどくさい絡み方をしてくるキャットをあしらう。  話が長い。めんどくさい。要領を得ない。  どれもこれもキャットにしては、珍しい。 「あなたはオレンジジュースでしょう? 魔王様のこと、見ててください。あの人今優勝目前で浮かれてるんで」  好みはわかっているので、ゼオはさっさと廊下のドリンクスペースに向かって歩き出す。  本当は魔法が使えれば軽く凍傷にしてやるつもりだったが、できないなら仕方がない。  まったく、嫁馬鹿も真面目馬鹿もお腹いっぱいだ。  血液パックがおいてなければどうしてくれようかと、深い溜息を吐いた。  今日で半年分くらいの幸せが逃げていっただろう。  そのくらい、ゼオにはハードな任務だった。 「……で、でこぴん……! いやそれより俺、頑張って好かれれば、どうとでもされるのかなあ……! ううぅぅぅ~っ……!」  ◇  観客も出場者も一緒くたになっている、会場の外の廊下。  ドリンクスペースがあるので賑わってはいるが、会場内より断然人の少ない。  幾分マシな場所に来て、ゼオは少し疲労から回復した。  しかし目当てのドリンクの瓶を確保して抱え、戻ろうとしたところ、周囲が若干ざわめいている気配を感じた。  揉め事でもあったのかと足を止め、職業病的にざわめきの方向へ顔を向ける。  声を聞く限り、誰かが来たみたいだ。  人混みはその人物に視線を集中させているらしい。 「じょ、女装なの?」 「一応。確か東方の街では、女しかつけない仕事の服よっ、でも色味ぐらいしかかわいくないわね……」 「かわいくないどころか、なかなか雄臭いじゃない……」 「それってつまり?」 「女豹の巣に食べごろのいい男が放り込まれたってこと」 「なるほど。ドリンクスペースだからあの子のアレも飲んでいいってことね? 運営も気がきくじゃない」  野次馬だろう人混みを掻き分けて、会場の入口を目指し進んでくるざわめきの元凶。 「す、すまない、通してほしい。ああええと、そこのお嬢さん、俺の尻に手が当たっているぞ。人ごみだから仕方ないけれど、できれば通してくれると嬉し……」  ガパァンッ! ドカッバコンッ! 「ウワァアアッ!」 「イヤアアアンッ!」  そのざわめきの原因が困り顔で顔を出した瞬間──ゼオは周囲のオカ魔達を、持っていたドリンクの瓶で思いっきり殴り飛ばした。  戦況判断と補佐に特化しているので力には自信がないが、これでも陸軍のナンバーツー。  素早く的確に脳天へ衝撃を与えれば、制裁を受けたアホ共は悲鳴を上げて散っていく。  睨んでくるものもいたが、あまりにも冷たい瞳をスっと細められては、ヒールを鳴らして逃げ出すしかない。  突然人が散って開いた廊下に残ったのは、ぽかんとする男。  彼は何度か瞬きをしたが、持ち前のなんでも受け入れる性質でよしと判断する。  そして目の前で血まみれの瓶を投げ捨てたゼオに、ゆるりと口元を緩めた。 「よかった……ゼオ、無事だったか? 尻はまだ清いままか?」 「アホ。俺よりあんたのそれが危なかったってわかってないんだな、シャル」 「うん?」  ド天然のとんでもない鈍感。  またの名を、自力で困難をせっせと乗り越える、男気溢れるのほほん戦士。  キョトンと首を傾げた彼は、扉を隔てた向こう側で最終決戦に挑まんとしている主の、妃である。  すなわち、魔王様はかわいくなりたい事件の発端を作った──シャルだった。

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