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第433話(sideゼオ)

 焦らさないでよぉ〜! と腰をくねらせしなを作るピンキーに、密かに話を聞いていた観客達も、耳をそばだて始める。  あぁ、嫌な予感がするな。  具体的には馬鹿げた発言で誰かが犠牲になる、いつもの流れの気配だ。 「──ンもう、そんなの感度に決まってるでしょバカァッ! よく聞きなさい! そして自慢させなさい! 趣味はお菓子作りと筋トレの黒髪短髪男前なお嫁さんを、乳首でイケる男にしたのは、なにを隠そうこのアタシなんだからッ!」 「「「ギャァァアァアアァッ!」」」  予感を裏付けるように、ドヤ顔の主から放たれた目も当てられない大惨事のセリフ。  それを聞いたオカ魔達から、ハートマークがつきそうなほど野太い濁声の悲鳴が響きわたった。  ゼオは深いため息を吐くしかない。  なんてことだ。  ついに主が一人称をアタシにし始めてしまった。  それに気が付かず普段はできない民衆へのノロケができて輝く主は、悦に入っている。  つまりこれっぽっちも彼のお嫁さん──シャルの心情を、考えついていないのだ。  こんな大舞台で大勢のオカ魔達に向かって自分の胸の感度を暴露され、調教済みだと盛り上がられるなんて知れてみろ。  しばらく寝込んでも仕方のない出来事だろう。  二丁目を歩くことは、金輪際避けるに違いない。 「アァン!? あんたそんなに美味しそうなお嫁ちゃん持ちなんて、ズルいわぁぁぁッ! 黒髪短髪の男前なんてオカ魔の大好物じゃないっ! スケベな男が嫌いな男色家なんていないわよぉっ!」  胸筋とドレスの間からフリフリの花柄ハンカチを取り出したピンキーは、それを噛み締めて叫ぶ。  もうやめてさしあげろ。  ただでさえあの男はスケベな嫁なのだ。  シャルがこの場にいたら、丸くなって動かなくなってしまう。  哀れすぎてため息しか出ない。  そんな空間にカンカンカーンッ! と決戦前発表の終わりを告げるゴングが鳴り響いた。 『はぁい! ここまでで決戦前発表は終わりましたので、胸派と足派の争いも一旦終了してお色直しどうぞ〜! ちなみに私はどちらかというと足派なので、踏みつけられたいですね!』 「あんたには聞いてないわよノンケ眼鏡ッ! 掘るわよ」 『ひぇぇ……』  女装コンテストなのにノーマルだったらしい実況の声に、ピンキーは重低音でクイッと指を曲げてみせる。  青ざめた実況が尻を押さえ、震え上がった。こちらもなかなか哀れだ。 「聞いたっ!? イケメンの乳首で調教プレイよ調教プレイ!」 「ヤァンダァ〜っあたしも調教されたいぃんっ、アゼリーヌ推しになっちゃうっ!」 「っていうかなんかアタシ、雄っぱい舐めてたきがするワ……! 見た目や触り心地じゃないのよ、大事なのは感度なのねっ!? エロスなのねっ!?」 「待ってよピンキーの乳首がいつ感度が悪いって言ったの!? 揉みごたえがあって敏感なら、あの爆乳はパーフェクトよっ!」 「キャァ〜ッ! 興奮しちゃう!」  女性の気位の高さと男気を備えた、手の付けられない生き物であるのが、オカ魔という集団だ。  最終決戦前のお色直しとなり、騒ぎ立てる観客。  黄土色の悲鳴をあげながら雄っぱい談義に花を咲かせ始めた彼女たちを一瞥して、ゼオは廊下にあったドリンクブースで、アイスブラッドでももらおうと動き出した。  一時避難とも言う。  永久に避難したい。 「アゼリーヌ様、なんぞ飲み物でも飲みなんすかえ」 「結構よ。勝利の美酒に酔いしれるのは、おブス共を叩きのめしてからだわ」 「ちょっと聞こえてるわよ小娘ッ! よくも言ったわね!?」 「事実を言っただけじゃない! 初代ラブリーキングはこのアタシなんだからっ!」 「ムキィィィ~~ッ!」  ──ああ……主は、完全にあっちの世界に染まってしまった。  ノリノリの主に一つ頷く。  この程度で動じていたら、この主の部下は務まらないのだ。  嫁に関わると脳がバグる以外は自由に動かせてくれるし話もわかる、いい王である。  ゼオはすっと振り向き、途中からずっと不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、自分を睨みつけていた同じ副官──キャットにも、飲み物が必要か尋ねた。 「……おい貴様。まさか貴様も足やら胸やらの美しい者が好きだとか、言い出すんじゃないでしょうね」 「は? ……キャシー?」 「図星ね? 言っておくけれど、全員男なのよ! どんなに綺麗でも、全員地響きみたいな声でしょッ! 貴様は男が好きではないじゃないッ! 食指変更なの!? ふらふらと軟弱なクソ野郎め……! 男も女もオカ魔も抱けるふしだらなイチモツなんて、俺の風魔法でミンチにしてアゲル!」 「いえ。男とか女とかオカ魔とか、どうでもいいですよね」  だがドリンクを聞いただけでバサァッ! と翼を広げ威嚇されながら、変態みたいな扱いをされてしまう。  おかげでつい王命という名のキャラ付けも忘れ、素で否定してしまった。  真面目な馬鹿だったはずのキャットが、どこらへんでそう思ったのかがわからない。  思ったのはいいとしても、なぜ怒っているのかもわからない。  恋愛感情があまり表に出ない上に基本淡白なゼオには、到底無理難題だ。  キャットはついこんな態度になってしまうが、中身は純情で一途な男である。  これがキャットの「うわああんゼオにゃー様、男も大丈夫なんて知らなかったですよ! そんなこと言われたら俺だって美脚ソックス履いて筋トレしますから、だっ、抱いてくださいよっ!」というオトメ心だと察することが、できなかった。  というか、できるわけなかった。  ハードモードすぎる。

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