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第454話

 ♢ 「──ってなわけで、俺はシャルに困った時に協力してもらう権を今使うぜ〜」 「こら。わかったから、じっとするんだ。あまり動くと傷に障る。全快したからって無理をしたら駄目だぞ?」  尻尾を揺らめかせて語り終えたガドがベッドに座る俺の腹に抱きつき、グリグリと額を擦り付けて甘えてくる。  わたわたと慌てる俺は本気で心配しているんだが、返事は「ふィ〜」と軽いものだ。  どうしてこうなったかという話をしよう。  まったく……俺は凄く驚いたんだぞ?  今朝タローを連れてフォレクスリールの街に旅立った筈のガドが、珍しく扉を開いて俺の部屋に入ってきたものだからな。  普段は窓なのだ。  数秒フリーズしてしまったとも。  部屋に入ってきた時のガドはいつも通りニンマリしているが、疲れ果てている様子だった。  そして俺を抱えてベッドに座らせ、膝にうつ伏せ状態で頭を置いて腰に抱きつき、なでろとアピールしてきたのである。  参った、困った、疲れた、とくだをまいてべそべそ泣き出した彼を、困った俺は受け入れて存分になでてやった。  しばらく話がしたくなるよう、好きなだけ甘やかしていたかな。  メンタルが回復した後は、コロッと復活して、ことの次第を語ってくれたガドだ。  事情がわかった今の俺は、特に不安はなくガドを甘やかすことに専念している。  俺はガドが泣いているのを、初めて見た。  彼は日々自分の楽しいことしかしない自由な竜なので、悲しいこととあまり出会わない。  けれど出会ってしまえばしょげかえって、途端に元気をなくす。  ガドはこう見えて繊細な竜なのだ。  うっかり失敗すると、その瞬間はとても落ち込む。  それを知っていたため、ガドが突然甘えて自分一人じゃどうしようもなかったと泣き始めても、俺は驚かなかった。  それよりも、扉から入ってきたほうが驚いたぞ。やっぱりやればできる子だったんだな。よしよし。 「うぁ。まだ足んねェよう、シャルゥ〜。俺をもっと全力で慰めてくれよ、もっともっと慰めてくれよォ」 「ぐはっ!」 「お前の大事な娘をむざむざ自分の敵に奪われたマヌケな俺を、嫌いになるんじゃねぇぜ? まだちっとも諦めちゃいねぇから、今は存分に慰めて褒めてくれよォ〜!」  存分にしょげた後、切り替えの早いガドは泣くのはやめてから、甘えたモードに入ったわけだ。  アゼルのいない間に、俺を全自動甘やかし機に仕立てる気らしい。  そのハグの力加減が寂しくなった時のアゼルのハグを彷彿とさせる腕力である。  真逆なんだが、どうしてかこの二人は似ているんだ。概ね感性が似ているな。 「ぅ、うぐぐ……ショックで甘える時のハグの強さまで、アゼルに似なくていいんだぞ? ガド」 「ふんふん? お前くらいだぜェ〜。俺と魔王が似てるって、言ってくれんのな。そだろ、似てるだろ〜?」  アゼルに似ていると言われて機嫌を良くしたガドは、似てるだろうとアピールし、縋り付いて離れない。 「俺は魔王も大好きだぜ。シャルも大好きだ。ライゼンもタローも大好きだ。たァっぷり愛してんぜェ〜」 「そうか。俺もガドが大好、ぐほっ」 「ふぅあぁ〜……! 辞めたくねぇよぅ〜。シャル〜、もっともっともっともっと甘やかしてくれェ。あのな、魔王は俺の辞表を受け取ってくれたんだぜ? 判子を押して持ってくるまで間があるから、兎にも角にも今の間に甘々を堪能するんだァ〜」 「ごふぅ、むぐ、うぐぐ」  蛇が絞め技をかけるようにドンドン強くなるハグの力に、俺は顔色を青くしつつガドの話を解読する。  ガドは魔王城に帰ってきて、まず、ライゼンさんのところに行ったらしい。  傷を治してもらったそうだ。  それから新しい軍服に着替えてから、アゼルの執務室へ行く。  そしてアゼルの目の前でちまちまと辞表を書いて、嫌だ嫌だとごねながらも渡した。  アゼルは子供のように涙するガドに初めは硬直し、なにを思ったのか今日の俺のお菓子であるシフォンケーキを差し出したとか。  けれど説明どころじゃない様子のガドに、考えを改めて黙って見守り、最後には辞表を受け取ったのだ。  その後はかんたん。  辞表を処理して解任の書類を返答されるまでの待ち時間、ガドは勝手にアゼルの執務室を出て、俺のところへ来たということだな。  タローは絶対に返してほしいので辞めたけれど、本人はとても辞めたくないのだ。  ごねくりまわして俺に謝ってから、助けてくれ、どうにかしてくれと、縋ってきた。 「ぅごほっ、わか、わかっているぞ」 「ぐすんぐすん」 「げほ、うう……俺がお前を嫌いになるわけも悪い子を間違えるわけもないと知っていて、存分に甘えに来るんだから、ガドはとびきりのいい子だな」  少し内臓が出そうだが、俺は駄々っ子モードのガドをなでながらふぅ、と息を吐いた。  優しく語りかけると顔を上げたガドを見つめ、くっと勝気に微笑んでみせる。 「さてと……タローを誘拐した竜人達に特大のお灸を据える計画を、練るとするか」 「うぁ、これだからシャルは最高だぜェ」  その言葉を聞いてビチビチと尻尾をくねらせるガドは、仲間ができて一安心だと、打って変わってニマニマと笑った。  当然だろう?  こう見えて俺はかわいい我が子と友人を虐められて、なかなかに怒っているんだ。  手は早くないから、殴ったりしない。  教育的お説教だけだ。  だがもしタローに傷がついていたなら、全員に是が非でも一発拳を入れる。  お父さん魂を燃やし、まだ見ぬリンドブルム達からタローを奪還する覚悟を決める。  しかしながら……どうしてリンドブルムの竜人達は、タローをガドの彼女だと思っているんだろうな?  タローはまだほんの子供で、お嫁さんになるには早すぎる。  早すぎるし、多分最低でもアゼルは倒さないとだめだと思うぞ。  アゼルはタローにはツンとしていて甘やかしたりしないが、本人も気づかないまま、大真面目に過保護である。  鞭担当の魔王様は、眠るタローのほっぺを時折嬉しげにつつくのだ。

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