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第453話(sideガド)

 そんなあくどい目つきの俺に、リーダーはギュッと眉間にシワを寄せて、強く睨みつけた。 「駄目だな、お前は敗北をちゃんと認めきってねぇ目をしてやがる。お前が辞職の証拠を持ってくるまで、この女は預かるぜ! 期限は日没。万が一にも期限を過ぎたり、辞職しなかったり、これを誰かに話したりすれば……この女は俺達の好きにさせてもらうからな?」 「…………クックック、はいよ」  バカリンドブルムのくせに、バックレは駄目か。  ま、そりゃそうだな。  正面切って誰も勝てないから物量作戦で来たわけだ。  今は正午を過ぎたくらい。  ここから魔王城に帰って辞表を出して魔王の判を貰い、ここに帰ってくるのにそう時間はかからない。  誰にも話したら駄目。  もし話してここに軍が乗り込んできたら、真っ先にタローを殺すだろう。  辞めなければ同じ。  なにか策を打とうにも時間がねぇか。うん、参ったな。  背中から翼を取り出し、痛む体を叱咤して飛び上がった。  目指すは魔王城。  俺の背中は空っぽのままだ。  フラフラと飛びながら、考える。  ──参った、困った。  リンドブルムの村がこの近くにあることは、よく知っていた。  まさかこう作用するとは、思わなかったが。 「……アァー……」  意味もなく呻く。  めそ、と泣きたくなる気分。俺はベコベコ。  ──そう。一つ、昔話をしよう。  俺がまだ生まれて間もない時の話だ。  タローくらいの頃に預けられた、リンドブルムの村にいた時間について。  子供の俺は毒の扱いがまだ不慣れだったから、うっかり奴らを殺しかけることもあった。  恨みを持ってるこの竜人達を覚えてないのは、そういうことが多すぎて(・・・・)だ。  食料を献上することで村に置いてもらってたが、凡庸な竜であるリンドブルムと違い、ヒュドルドは格段に強い上位魔族。  強く、そしてその気になれば、内側から壊せる種族能力を持っている。  誰も近寄ってはこなかった。  そういうワケアリの世話も仕事である宰相であるライゼンだけは、たまに俺を見に来てくれたけどな。  アイツは俺を〝ガド〟と愛称で呼んだ。  親が教えるような常識や雑学なんかをいろいろと教えてくれたし、保護者として、叱ったり褒めたりと面倒を見てくれた。  だがそんな生活をしていると、たまに微かな視線を感じることがあった。  その犯人は何年もわからないまま。  夜だとちっとも気づけないし、昼間でも姿を見つけられない。  敵意を感じないそれが自分を見守っていることに、俺は不思議と親しみを感じ、好感を覚えていたのだ。  そんなある日。  村の人口が増えたことで起こった住居問題の解決のため、魔王が視察にやってきた。  どうも俺がいることで魔物が距離を取り、幼いリンドブルムが例年より多く生き残ってしまったらしい。  嘆願書が通れば、あの頃の魔界ではトップが出てくるのがザラだった。  どうせ書類の許可の行き着く先は魔王なので、はなっから全ての大きな仕事を魔王が請け負っていたのだ。  幼い俺にはそれがおかしいとはわからず、ずっと魔王の責務に負われ潰れそうな男に気が付かなかったが、それは別の話。  視察にやってきた魔王は、クールで物静かで、夜の闇のようだった。  しかし無表情のまま絶対に目を合わせないくせに、チラチラと俺を見てくる。  そんなことをされた俺は、すぐに魔王が視線の犯人だと気がついた。  けれどその理由がわからない。  俺と魔王には接点がない。  不思議に思い、一緒にやってきたライゼンになぜかと聞いた。  そうして知った。  魔王は俺を助けた男だった。  つまり俺にとって魔王とは、恩人なのだ。  俺は親が淘汰された自分が生きている理由を知って、魔王に興味を持った。  昔から俺はこうなので、自分から誰かに近づくのはおちゃのこさいさい。  というか、近づかないと触られもしないしよう。スキンシップが好きなんだぜ。  子供の俺は魔王がどんな男か知るため、住居問題で通ってくる魔王に、若気の至りで飛びかかって構い倒してやった。  そりゃあ目は怖かったし、俺がよじ登るとビクリとも動かないし、取っつきにくい野郎だったけどな?  隠れてコソコソ他人の竜を様子見するやつが、悪いやつなわけねぇよ。なァ〜。  事実、毒竜である俺が触れても魔王は避けたりしなかったし、されるがままだった。  思いっきりよじ登って遊んでやって、ライゼンが俺を叱って投げ飛ばしたケド、したら魔王が無言で受け止めてくれてネクストラウンド。  俺は楽しかった。  だから魔王城に住みたいって言って、リンドブルムの村とはおさらばしたワケよ。  まぁ思い返すと、割と悲惨か。  制御がうまくいかなかったとはいえ、毒薬振りまいて逃げたようなもんだから、恨まれてても仕方ねぇよな。  すっかり忘れてたぜ、そんでタローを連れて近くまでやってきた。  俺のせいっちゃ俺のせい。  タローは泣いていた。  怖い、思いをしているんだ。  自分が迷子になったせいだと責めていたら、たまらねぇ。  悪いのは人攫いのほうだってのに。  参った、困った。  タローは絶対、命に変えても救わねぇと。  でも空軍長官を辞めて魔王城にバイバイすんのは、すっげーヤダ。  ンー、マジでヤダなァ……。  フラフラの俺は肩を丸くして、けれどタローの為に前へ進む。  自分の尻拭いをしようと城に向かってできるだけ早く空を飛んだ。

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