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第469話

 デコピン奥義を伝授した後、俺とタローは輜重隊舎に近づいて、リンドブルム達に見えるように手を挙げる。  そうすると一際大きな竜人と、その近くにいた一回り小さな普通サイズの竜人が気がついた。  大きな竜人はリーダーで、普通サイズの竜人はバカデビだ。  二人して苦虫を数十匹噛み潰したような顔をしてから、血の気が引いている。  なにを想像したのだろうか。  恐れおののいているようだ。  少し悪い気もしながら近づいて挨拶をすると、二人はぺこりと頭を下げて、自己紹介をしてくれた。  リーダーはグルガー、バカデビはなんとデビーと言うらしい。  う、バカデビではなかったのか……名前を間違って覚えていた。更に申し訳ない。 「な、なんでここにお妃様とお嬢様がいるんだ、で、です……!?」 「あぁ、偉いのはアゼルで俺は魔族じゃないから、敬語じゃなくて大丈夫だ」  慣れない敬語を駆使する二人にオーケーと指で丸を作って言うと、分かりやすくほっとする。 「今日来たのは、タローが言いたいことがあるからなんだが……今、時間は大丈夫か?」  だがここに来た理由としてタローが叱りたいと言う話をすれば、二人はギクッと肩をすくめて、もじもじし始めた。  緊張した様子なのに、なぜか頬を染めている。  具体的には学園のマドンナを前にした、一般生徒だ。どうしてだろう。  俺は密かに先程から肩の上でにこにこを一転させ、頬を膨らませながらむくれるタローを、そっと持ち上げ胸の前で抱き上げた。  目線をキョロつかせる二人に、タローは果敢にむぐぐぐ、と唸る。  輜重隊のリーダーであるグルガーと補佐官のデビーに、ひるまず唸る幼女。  異様な光景に気がついた他のリンドブルム達も作業の手を止め、固唾を飲んで見守っている。  そうだな、休憩は大事だ。  しっかり休むといい。お茶とお菓子もあげたい。 「りゅーじんさん!」 「「はいっ!」」 「こんにちは! りてぃたろと・ないるごーんです、たろーといいます! 生まれて四ヶ月と少しです!」 「「「躾ができていらっしゃるようで!」」」  その瞬間、ズコーッと見守っていたリンドブルム達が一斉にコケた。  ふむ……唸り声をあげて睨むものだから、てっきり叱るのかと思ったぞ。  しかし俺の言いつけを守らなかったから迷子になったと実践で理解しているイイコのタローは、挨拶をちゃんとするということを、まず全うしたようだ。 「おっきなりゅーじんさんはっ?」 「ふぁッ!? お、俺はグルガモッド・カーマイン……ぐ、グルガーです! 八十三歳です!」 「ぐるぐるっ。ちゅうくらいのりゅーじんさんはっ?」 「ひぇッ!? 俺はデビラント・ノーヴァン、え、えっとで、デビーです! 七十一歳です!」 「でびでびっ、うん! じゃあね! おとうさんのいうこと、んと……しゃるのいうこと! きくの、だいじ! ね!」 「「はいッ!」」  虚を突かれたグルガーとデビーは、先生に言い含められる生徒の様にキビキビと挨拶をして、敬礼までした。  基本的には悪知恵は向かない、素直な竜人らしいな。二人もイイコだ。 「うん、挨拶は大事だな。自分から声をかけられるのは、素敵なことだ」 「うへっ、んへへへ、ちゅ〜っ、えへへ~」  俺は娘の成長に嬉しくなり、ついその柔らかほっぺにちゅっとキスをして、微笑みつつ褒めてしまった。  怒っているのにそういうことを判断するということは、大人だってうまくできない。  実践してヘマをして学んだからって、それがちゃんとできるのは、タローがイイコだからだ。  仏頂面だったのがコロッと俺にむけて太陽のような笑顔を見せるタローを、しっかり褒める。  その変わり身の速さもアゼルに似ていると思う。血の繋がりより、家族の絆、か。 「うん。シャルも、挨拶をしよう。──グルガー、デビー、輜重隊のみんな。お仕事お疲れ様」  娘を見習い、俺もちゃんと見習って改めて挨拶をすることにした。  見ている竜人達にも視線を回し、丁寧にペコリと頭を下げる。  反省、改善したなら過去は水に流そう。  でも、二度はないんだぞ? 「俺は、大河 勝流……シャルです。人間だけど、中身は三十六歳です。よろしくお願いします、だ」 「しゃるっ! わたしのおとーさんだよ。いじめたら、めっね! なかよしは、いいよ~」 「「「はぁ~い!!」」」  タローがかわいすぎたあまり、普段は満面の笑みを浮かべない俺だが、にっこりと笑ってしまう。  タローと揃ってグルガーとデビーの二人に挨拶をすると、元気な声が返ってきた。  聞き耳をたてて盗み見ていた周りのリンドブルム達も、揃ってイイコのお返事をしてくれたぞ。  幼女パワー、凄いな。  タローはかわいくて癒される、自慢の娘なのだ。世界平和はここにある。

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