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第474話

 頑張り屋さんの旦那さんは、非常に遠まわしに甘えたいと言っているのだろう。  これは溢れる程元気を盛り込むのが、俺の今するべき最優先事項だ。 「よーしよし。それじゃあ、明日の為に元気を補充しておくからな」 「ン、んむ」  自分の役割を理解した為、俺はアゼルに明日を乗り切る元気を前もって注入しておこうと考えた。 「もーしー自信をなーくしてー、くーじーけそうになーったらー」 「ぐぅ、シャル、お前俺をタローとおんなじ扱いすんなっ」 「いーいーことだけいーいーことだけ、おーもいーだーせー。ほいほい」 「ほいじゃねぇっ。お前の世界にいたアンパン野郎の歌だろ、それっ」 「うぁっ、ふっあははっ、わかったからくすぐるなっ」  元気チャージをすべく、アンパンさんの有名ソングを歌いながら、柔らかな髪をいいこいいことなでてみる。  すると子供扱いをするなと叱られ、脇腹をくすぐる反撃を受け、すぐに降参してしまった。  それはずるい。  俺はなにかと皮膚感覚が鋭いのだから、手加減してほしいものだ。 「っん、いいだろう? 愛と勇気が友達な素敵なアンパンさんだ。俺もタローも最近の湯船に浸かって歌う歌は、アンパンさんシリーズばかりだな」 「! アンパンの野郎……俺の嫁と娘をたぶらかしやがって……ッ!」  笑いから復活して説明すると、アゼルはなにを思ったのか、アンパンさんに闘志を燃やしてしまった。  アゼルのスイッチは未だによくわからない時があるな。  アンパンさんへの愛とアゼルへの愛は、タローも俺も別物なのに、だ。  かっこいいのにプライベートはかわいいアゼルをぐっと抱き寄せ、俺はその唇にチュ、と触れるだけのキスをしてやった。 「うあっ……!?」 「アゼル、どうだ? 元気になっただろう? 元気がフルパワーなら精霊王たちとの会議も接待も、へっちゃらになるんだぞ。俺の自慢の魔王様は、きっちり倒して帰ってくるに決まっているんだ」 「じ、自慢、」 「だってアゼルは早く帰って、俺とタローも接待しないといけないんだから。な?」  含み笑いの混ぜ込まれたセリフの後、口元を緩ませて笑ってみせる。  ふふふ。負けず嫌いの特性を生かすには、これだと思う。  どうだ。甘やかすだけが俺じゃない。  こうして厳しくも元気を込めて、旦那さんを叱咤激励するんだぞ。  もちろん、その後物凄く甘やかすのだ。  これは内緒だからな?  バレてしまったら叱咤にならないんだ。  発破をかける内心が滲み、少々ドヤ顔になってしまった。  発破をかけられた側のアゼルは仄かに赤らんだ頬で、ぽかんと俺を見つめる。  それから黙ってそーっと俺の首元に顔を寄せると、そのまま静かに、カプリ。……カプリ? 「アゼル、アゼル待て、凄く深く噛んでるが、横にタロー、っう、あ、っ」 「…………」  肉を覆う皮を突き破って、手馴れた様に首筋へ潜り込んでくる牙。  穿たれた傷口からトクトクと溢れる血液を飲み込み、アゼルは同時に舌で傷口周辺の、敏感になっていく皮膚を舐める。  それは毒がまわらないように飲む普段の慎重な飲み方ではなく、なし崩し的にその後を狙う時の飲み方だ。  つまり、まずい。  隣では柔らかな頬を枕に押し付けて、ふやけた表情で眠る愛娘がいる。  呼吸を殺す隠密活動そのものなセックスは精神を使うと言うのに、どこでスイッチが入ったのやら。  なし崩そうとしているのか。  困ったさんめ。 「ンぅ、……知らねぇ、もう知らねぇ。元気になった。いろんな俺が元気なったんだぜ」 「ひ、っ、ん……っ下ネタ言ってる場合じゃない、もう、っあ、脱が……っ!」  ──反省点が、一つ。  今後、発破の掛け方は熟考するべきである。

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