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第476話(sideアゼル)

 そんなニヤニヤタイムな玉座の間に、不意にギギギ、と扉の開く音が聞こえた。 「マオウサマ! マオウサマ、セーレーオウサマ、イラッシャイマセ! オトウシ! モウスグ! ヨイデス、カ? ダメデス、カ? ジュンビ!」  視線をやると、そこにいたのは俺の部屋付き従魔であるシャルお気に入りのカプバット──マルオだ。  マルオは飛び込んできて早々に精霊王の来訪を告げ、パタパタと忙しなく体を傾げる。 「ああ、まるいのか。構わねぇよ。お前もそのへん飛んでろ」 「表情筋が優秀すぎて、私はとても嬉しゅうございますよ。もう……」  仕事のスイッチを入れた俺は、何事もなかったかのように真顔で対応した。  ライゼンの小言もなんのその。  ふふん、もっと褒めてくれても構わねぇぜ?  シャルの前だと溢れる愛でうまく誤魔化せないが、そうでなければ俺という男は、意外とうまく繕えていると思う。 「キキィ! マオウサマ! シャルノハナシ、シテイタデス、カ?」 「クックック、聞きてぇか?」 「シャル! マルオ、シャルモマオウサマトオナジクライ、スキ! スキ! シャルノハナシ、キキタイ! デス!」  俺のそばまでやって来て飛びながら大きな目玉を細めるマルオは、シャルと聞いて嬉しげにキキキと笑う。  ほほう。シャル推しか。  なかなか見所のある従魔じゃねぇか。  ならば語ってやろうとしたが、次いで扉が開く音に、マルオは慌てて飛び去って行った。  チッ、来やがった。 「タイミングが悪いぜ、精霊王」 「ハハ、ごめんごめん。それより王様呼ばわりは止めてくれって言ってるだろー? 昔みたいに名前で呼んでくれよな、アゼリディアス」  含みのありそうな軽い口調で俺を試すような態度は、相変わらず。  開いた扉から見えるのは、マルオとは違う先触れ用のカプバットを連れた精霊王と祭司だ。  優雅にコツコツと床を鳴らしながらこちらへ向かってくる二人を、不機嫌に睨む。  肩程までの長さの青みがかった黒髪を後ろで一つに纏め、歩くたびにそれが揺れた。  透き通るようなアイスブルーの瞳を細めて人好きのする笑顔を見せる、人懐こい愛嬌のある美形の男だ。  グレーを基調とした正式衣装に身を包み、白のマントを翻すコイツこそが、霊界の王。 「俺とお前の仲だろ? な」  精霊王──アマダ・サアリオッツ。  絶対的な物差しである魔王紋が選ぶ魔族と違い、精霊王になれる精霊族と言うのは、家柄と能力で決まるのだ。  自然の力を司る精霊と言われている四大精霊の中から、力の強い者が選ばれる。  水のウィンディーノ。火のサラマーディ。風のシルフィー。土のノーマリア。  アマダはウィンディーノだ。  水の霊法を操り、自身も水と化せる。  そしてその隣をついて歩くのは、タロー程のサイズの身の小さな男だった。 「あぅっ、あ、あの、あっ、お久しぶりでございまひゅ、っう、むっ」  大きな丸メガネにそばかすで、このとおり俺の顔や目付き、威圧スキルを全力で怖がる臆病者。  挨拶をして頭を下げるのも噛みまくりのままならないコイツは、霊界の筆頭祭司──ルノ・ココノアだ。  背丈の小さいノーマリアであるルノは、これでも立派に成人済みだったりする。  ノーマリアはみんな、人間の子供くらいの大きさしかないからな。 「はぁ……ようこそ、魔界へ。だが、とっとと終わらせる。会談を始めるぜ」  二人が目の前の位置につくと、俺は肘掛けについていた肘を外し、自分の膝に置く。  本当は追い出したいがそうも行かないので、いつも通りの仏頂面で一瞥しながら外交対応だ。 「もう。地に足つけてわざわざ歩いたってのに触れないなんて、相変わらずお前は仕方ないなぁ……」  だがそれじゃあ足りないと言う様にぷかりと軽く宙に浮くアマダは、水の塊のように無重力感を感じさせる動きで漂って見せた。  実体がぼやけた精霊は、こうして漂うこともできるのだ。  シルフィーは煙になって風に舞う。サラマーディは火に。ノーマリアは強固な岩に。  体を変化させるのは容易だ。  しかし俺にツッコミを入れさせたくて態々歩いて来たのだと、アマダは誇る。

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