477 / 615

第477話(sideアゼル)

「よし、ほらタッチ。へいへい」 「なにしてんだ」 「ん? セクハラだぞ」 「外交問題だろうが」  足元を水の塊状態にして浮遊するアマダは、俺の座る玉座の周りをクルクルと飛び回る。  そして頬やら首筋やら腹筋やら、俺の体の好きなところを触り始めた。  この野郎。  王になってからだが、なんでいちいち俺に触ってくんだ。  俺をお触りしていいのもモフっていいのも、シャルとそれからタローだけだぜ。  そうあいつらが俺と出会った瞬間から決まってんだろうが。常識だろ。 (ふん、相変わらず掴みどころのねぇやつだ。俺に求めてることがわからねぇ……) 「うりうり。膝に乗っていいか? お触りしたいんだよ。挨拶的な感じで」 「どこの世界の挨拶が膝抱っこなんだ? お断りだ」  上目遣いで誘われたって、俺の目は塩っぱいだけである。冗談が過ぎるぜ。  まったく、相手国王へセクハラをする王がいてたまるか。ここにいる。最悪だ。  シャルにはいちいち言わなかったが、俺がコイツと会うと若干微妙な心持ちになるのは、こう言う距離感の近さがあるからだ。  人懐こいもぎたてフレッシュななにかしらって感じのアマダは、いつもこう。  ツンと澄ました俺を和ませようと、こうやってセクハラやらで距離を詰めてくる。  特に害のある行動は取らない。  基本は部下に任せっぱなしだしな。  メンリヴァーのように気取ってもないし、魔族を蔑んだりもしない。まぁ普通の王。  だから嫌いじゃねえけど、シャルに言って万が一にも不安になったら死ねるだろうが。  コイツのことだ。  シャルの前でも普通にこうやって絡んできやがるだろう。  良心の煮凝りなアイツとは言え、流石にそれはまずい。  目の前で知らない男と親密な態度を取られると、多少なりともしょげてしまう。断固阻止。  軽くアマダの手を振り払うと、パシャッと水を叩く音がして弾けた。  けれどすぐに元通りになり、アマダは肩をすくめて緊張しっぱなしのルノの隣に収まる。 「お前は面倒くせぇ男だな……挨拶だけで遊ぶな。今日は全身全霊でサクサク終わらせろ」 「あはは、はいよ。ごめんな〜。ルノ、書類渡してくれるか?」 「はひっ!」  降参のポーズを取るアマダが命じると、ルノは返事を噛みながら背負っていたカバンを開き、綺麗に丸められた紙束を取り出す。  ライゼンが静かに進み出て、それを受け取った。  ルノとアマダに礼をしてから、踵を返して開いた書類を俺に手渡す。  そこにはいつも通りの前口上と、貿易や観光についての取引関係の報告。  そして霊界の恒例行事や年度ごとの儀式についての出欠や説明が記されていた。  それらにザッと目を通して、精霊王相手だろうが普段の謁見と変わらず、仕事モードで言葉を交わす。  さて、俺の嫌いな政治の話だ。 「魔石の輸入制限、二十パーセント緩和」 「冗談だろ? 五で勘弁してほしいな」 「ハッ、ふざけろ。プラス魔界での精霊石輸入制限五パーセントダウン」 「んー、十。だから精霊石十にしてくれ」 「嫌だ。十八パーセントプラス、精霊石十」 「まじか………ノッた」 「ライゼン」 「はい、心得ております。精霊王様、契約書をどうぞ」  短いジャブで殴り合う外交。  無駄な言葉はいらないし持っていない。  書記を兼ねているライゼンがフワリと契約書を飛ばすと、アマダは奇術の様に手首を反してペンを取り出し署名する。  どうも不穏分子がいる気配を感じるらしい霊界の困り事。  その解決になにかあれば魔界が多少助力する契約は、これで完結だ。  王家側が内戦の協力を他国に頼むは、ままあることだった。表面的なものだけだ。  それも魔界を除いては、だけどな。  俺は人質がいなければ、勝てなくても十中八九負けねぇ。  魔王が死ぬ時は、魔界という国の歴史の終わりだ。

ともだちにシェアしよう!