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第489話
「ぐ、ぐぐ、師匠よ、俺はまだ負けていない……!!」
「おお、キャット。まだやれるのか……っ?」
「いや、師匠ってなんですか」
抗議する俺とタローの声を聞いて、キャットが待ったをかける。
地に倒れ伏していたキャットは、メンタル的な満身創痍を抱えながらも、どうにか起き上がろうとした。
ぐっと俺に向かって親指を立てている。
キャットを応援している俺も、なんだかセコンドのような気持ちだ。
燃え尽きるのはまだ早いぞ、キャット。
と言うか、始まってすらいない。
だって好意が伝わっていないのだからな。
差し出された手を握りしめ、俺はキャットを手助けし、立ち上がらせる。
感動の瞬間だ。打倒、ゼオ。
「ほーらタロー、こっちおいで~。俺と一緒にサッカーしようぜ? ボールは友達だ、友達」
「うむ? うん! がおがおと遊ぶ~!」
熱く燃える俺たちを見て、リューオはなにかを察したらしい。
そっと『あ、これはいつものアホな流れだ』と言う顔をすると、極自然なかどわかしによって、俺の肩からタローを回収し始めた。
よくわからないなりにキャットを応援していたタローも、誘拐は満更ではない。
大好きな兄的存在であるリューオにサッカーに誘われ、意気揚々と翼をはためかせた。
俺に向かって、行ってくるから下ろしてくれとアピールをする。
リューオとタローは仲がいいのだ。
ガドと同じくらい仲がいい。
ほれほれと誘うリューオが、俺の肩からタローを抱き上げる。
子どもを託した俺は、彼の腕の中のタローにぴこん、と人差し指を立てた。
「タロー。がおがおの言うことを聞いて、危ないことは一人でしないようにな」
「いつもの、だね! りょうかいしたんだよっ。しゃる、ぎゅーして~っ」
「ぎゅー」
「ぎゅー!」
「ふへへ~いってきます!」
「はい。いってらっしゃい」
いい子のお返事をするタローに、俺は強請られるままぎゅっとハグを贈る。
行ってらっしゃいのハグだ。
アゼルに毎日しているので、タローも知っているのである。
「突然のハートフル。もうお前らほんといつも自由だなチクショウ。俺一人で魔王城のツッコミを賄いきれねぇ……ッ! 急募! ツッコミ! 時給銀貨三枚、俺のポケットマネー! 日本円で三千円! 破格!」
「はかく! はかく? がおがおあそぼー!」
「遊んでやらァッ!!」
破格の時給を叫んだリューオはタローを抱えて、キレ気味にグラウンドへ走り出してしまった。
おおう、なんという高時給。
俺がアルバイトをしていた時は、時給が基本的に都道府県の最低賃金だった。
なのにその何倍ものお値段じゃないか。
太っ腹だな、リューオ。
二人の背中を見つめながら、ふむと頷く。
ちなみに基本的に休みの日が十一時間労働の休憩一時間で、残業がデフォルトなバイト先だったぞ。
お察しのとおり、飲食店である。
俺は根っから社畜なのだ。
「……いないよりはいるほうがマシな人員が、そろって逃げやがったな……。俺、仕事終わったのになんでこんな……そういうのって、宰相様のポジションでしょうに」
走っていく二人をにこやかに見送っていると、隣に立つゼオがこの状況を嘆く。
(う、そうだな……仕事終わりで告白タイムに入られたゼオは、さぞ迷惑だろうな……。でも、キャットも覚悟を決めたんだ。それはなんとか、聞いてほしいな……)
ゼオの気持ちも言い分も尤もだが、セコンドの俺は選手贔屓だ。
よしっと気合を入れた俺は、ゼオの頬を両手で掴んで、ぐっと自分に顔を近づけた。
ゼオの目が、大きく見開かれる。
ん? 珍しいな、無表情を崩すなんて。これもわざとなのか?
「こうやって目を合わせて、好感度検査をしようと思う。仕切り直し、してもいいか?」
「あー……これ、誰の好感度検査ですか。軽率マヌケ男」
「師匠! それは師匠! いかな俺と言えども、難易度が高すぎるぞ! そ、そんな破廉恥な検査をこの冷血無慈悲なおたんこ茄子にできるものか! 俺の手が、手がくさっ、腐るぅ!」
(意訳:近い)
「んっ? そ、そうか。俺が検査しても、意味がないのだった」
大好きなゼオに俺が至近距離で触れてしまい、キャットが待ったをかける。
引き剥がすために飛びかかってきた彼を抱き止め、このうっかりな行動を反省した。
なで癖のある俺は、いつも親しい人と距離が近くなってしまうのが、よくないな。
できれば今のやり取りは、アゼルには内緒にしてほしい。
絶対に今夜も寝られなくなる。
アゼルは俺が誰かに触るだけでもヤキモチを妬く、お触りダメダメ系魔王様なのだ。
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