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第492話
ゼオはふう、とため息を吐いてから、その場にしゃがみこんだ。
めそめそと情けない様子を露呈させてしまったキャットを、しげしげと眺める。
その視線は幼児に対するそれだ。
惜しむなくはかなりの無表情で、視線に滲むものに優しさの欠片もないということだろうか。
実に無慈悲である。
ゼオに慈悲はない。
これがデフォルトなので問題ないのだが、うう……できれば希望を色濃くしたいな。
「き、きらいじゃない、ですか……っ? ということはすっ、すき……」
「ではないですね。恋愛感情は皆無です。と言うかそういう意味で見たこともありません。ちなみに男だとかは関係ないです。普通に恋愛対象候補ではないので」
「うあああんオーバーキルなんですぅっ!」
「ゔっ、うう……っ!」
口出ししないと決めたのに、ゼオがばっさり切り捨て御免すぎて、どうにも気になってしまう。
ぎゅうっとキャットが俺の腹に顔を埋め直してしまったから、余計にだ。
二人を見守る立ち位置でいる俺は、間でハラハラと二人を交互に見るしかない。
当事者よりもオロついている俺を尻目に、ゼオは、ビシッ! とキャットの額にデコピンを食らわせ、更にチョップも食らわせた。
なんてこったい。物理的にもオーバーキルが入ったじゃないか。
せっかく泣き止んだキャットは、ブレないゼオに涙目になってしまう。
あわや大号泣かと思った時。
「うひぅっ!」
「いいから最後まで聞け」
「っむぐ……、ひゃ、ひゃい……!」
ゼオはキャットの頭に殴るでもなく、ポン、と手を置いてから、ビシッ! とデコピンの追撃を食らわせた。
キャットは一時停止。
涙目だが、それはご愛嬌だ。
「はい。要点を纏めますとつまり、俺は貴方を恋愛対象として考えたことがないので、告白の返事は当然お断りになります。今恋人がいないので将来的にはわかりませんが、きっぱり現段階では断りしますので、諦めるなりなんなりしてくださいってことですね。仕事での関係には差し支えないので、気にしないでください。俺は一切気にしないです。いいですか」
「うあ……っ、頭ポン、く、クーデレ……だとぉぉ……っ」
「いやもうあんたはなにと戦ってんだ」
グリグリと俺の腹に額をこすりつけて、涙目で悶絶するキャット。
キャットはもう、ゼオならなんでもいいみたいだな。限界すぎる。
デレのないゼオさんでお馴染みなので、一度崩れたキャットはグズグズ。
頭ポンポンをされただけで、キャットからするとデレを感じるのだ。
俺もちょっとデレだと思ってしまった。
デレ判定が麻痺している。
ゼオのデレ頻度は、アゼルの十分の一くらいなんじゃないか?
ふふふ。なんにせよデレてもらえて、嬉しい限りだ。
少しホクホクとした心地になったのだが、それでもデコピンの後に、キャットはきっぱり再度フラれてしまった。
年単位の片想いだ。
真面目で一生懸命な男だから、フラれたぐらいじゃ諦めることなんてできやしない。
ゼオに選択しろと言われたキャットは唇を噛み締め、ふるりと震えた。
「ぐ、ぐすん……、わか、わかりました……。……ひう、うっあぁぅ……っ、あぅ……!」
「だから、泣くなと言っているんだ」
「だって、だって俺ぇ、俺すきですもんん……っ! 諦められない、ないっぐす、ひう……っじゃあ、じゃあ好きなタイプは、どっ、どんな人ですかぁぁぁ……っ?」
「好きなタイプを人で例えろって、あんたね……」
「さんこうにします、がんば、がんばるますっ……!」
キャットは全てをさらけ出してしまった勢いで、心のままにぶつかる。もう必死だ。
震えて俺にしがみついていたのが、一転。
断固引かない決意で、眼光鋭くゼオを一心に見つめた。
キャットはそれだけ、ゼオが好きなのだ。
俺は内心で一人、うるりと目玉に一膜水分を滲ませてしまった。
好きで好きでたまらないなら、諦められない。その気持ちは覚えがあった。
同一人物ではないので完璧に同じとは言えないが、キャットの背をなでている手に力が篭るくらいには、胸打たれてしまう。
しかしそれに対して、好きなタイプを聞かれたゼオは、思案。
「好きなタイプね、あー……まあ、前科があるのはこんな人でしたかね」
「は?」
少し考えてから指さしたのは、なにがどうしてか──俺だった。
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