492 / 615

第492話

 ゼオはふう、とため息を吐いてから、その場にしゃがみこんだ。  めそめそと情けない様子を露呈させてしまったキャットを、しげしげと眺める。  その視線は幼児に対するそれだ。  惜しむなくはかなりの無表情で、視線に滲むものに優しさの欠片もないということだろうか。  実に無慈悲である。  ゼオに慈悲はない。  これがデフォルトなので問題ないのだが、うう……できれば希望を色濃くしたいな。 「き、きらいじゃない、ですか……っ? ということはすっ、すき……」 「ではないですね。恋愛感情は皆無です。と言うかそういう意味で見たこともありません。ちなみに男だとかは関係ないです。普通に恋愛対象候補ではないので」 「うあああんオーバーキルなんですぅっ!」 「ゔっ、うう……っ!」  口出ししないと決めたのに、ゼオがばっさり切り捨て御免すぎて、どうにも気になってしまう。  ぎゅうっとキャットが俺の腹に顔を埋め直してしまったから、余計にだ。  二人を見守る立ち位置でいる俺は、間でハラハラと二人を交互に見るしかない。  当事者よりもオロついている俺を尻目に、ゼオは、ビシッ! とキャットの額にデコピンを食らわせ、更にチョップも食らわせた。  なんてこったい。物理的にもオーバーキルが入ったじゃないか。  せっかく泣き止んだキャットは、ブレないゼオに涙目になってしまう。  あわや大号泣かと思った時。 「うひぅっ!」 「いいから最後まで聞け」 「っむぐ……、ひゃ、ひゃい……!」  ゼオはキャットの頭に殴るでもなく、ポン、と手を置いてから、ビシッ! とデコピンの追撃を食らわせた。  キャットは一時停止。  涙目だが、それはご愛嬌だ。 「はい。要点を纏めますとつまり、俺は貴方を恋愛対象として考えたことがないので、告白の返事は当然お断りになります。今恋人がいないので将来的にはわかりませんが、きっぱり現段階では断りしますので、諦めるなりなんなりしてくださいってことですね。仕事での関係には差し支えないので、気にしないでください。俺は一切気にしないです。いいですか」 「うあ……っ、頭ポン、く、クーデレ……だとぉぉ……っ」 「いやもうあんたはなにと戦ってんだ」  グリグリと俺の腹に額をこすりつけて、涙目で悶絶するキャット。  キャットはもう、ゼオならなんでもいいみたいだな。限界すぎる。  デレのないゼオさんでお馴染みなので、一度崩れたキャットはグズグズ。  頭ポンポンをされただけで、キャットからするとデレを感じるのだ。  俺もちょっとデレだと思ってしまった。  デレ判定が麻痺している。  ゼオのデレ頻度は、アゼルの十分の一くらいなんじゃないか?  ふふふ。なんにせよデレてもらえて、嬉しい限りだ。  少しホクホクとした心地になったのだが、それでもデコピンの後に、キャットはきっぱり再度フラれてしまった。  年単位の片想いだ。  真面目で一生懸命な男だから、フラれたぐらいじゃ諦めることなんてできやしない。  ゼオに選択しろと言われたキャットは唇を噛み締め、ふるりと震えた。 「ぐ、ぐすん……、わか、わかりました……。……ひう、うっあぁぅ……っ、あぅ……!」 「だから、泣くなと言っているんだ」 「だって、だって俺ぇ、俺すきですもんん……っ! 諦められない、ないっぐす、ひう……っじゃあ、じゃあ好きなタイプは、どっ、どんな人ですかぁぁぁ……っ?」 「好きなタイプを人で例えろって、あんたね……」 「さんこうにします、がんば、がんばるますっ……!」  キャットは全てをさらけ出してしまった勢いで、心のままにぶつかる。もう必死だ。  震えて俺にしがみついていたのが、一転。  断固引かない決意で、眼光鋭くゼオを一心に見つめた。  キャットはそれだけ、ゼオが好きなのだ。  俺は内心で一人、うるりと目玉に一膜水分を滲ませてしまった。  好きで好きでたまらないなら、諦められない。その気持ちは覚えがあった。  同一人物ではないので完璧に同じとは言えないが、キャットの背をなでている手に力が篭るくらいには、胸打たれてしまう。  しかしそれに対して、好きなタイプを聞かれたゼオは、思案。 「好きなタイプね、あー……まあ、前科があるのはこんな人でしたかね」 「は?」  少し考えてから指さしたのは、なにがどうしてか──俺だった。

ともだちにシェアしよう!