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第494話
「果てしなくめんどくさいな……」
あの日の出来事や俺の考えの説明を受けたゼオは、ボソリと呟いた。
泣くどころか現実逃避気味に無言で俺に摺りつくキャットを、呆れ気味に見つめる。
それから再度深くため息を吐いて、じっとりとした目で俺を見た。
「うっ」
な、なんだかすごく、馬鹿を見る目で見られている。
そうだ。ゼオはこういう態度が、会った時から変わらないのだぞ?
ゼオのノーマルなのでなんとも思わないが、特別好かれているとも思わないだろう?
俺を好きだったなんて、嘘みたいだ。
人の気持ちを嘘にしてはいけないのだが、信じがたくて驚く。
好きかもと思っただけみたいだから、それ程傷はないと思うけれど……。
俺が気づかなかったことで傷つけていたら、申し訳ないな。
「あー……俺、結構わかりやすかったと思いますけど……全く伝わってなかったわけか。本当に救いようがない鈍感ですね。魔王様が可哀想ですよ。そろそろあんたは天然タラシの自覚したほうがいいと思いますが」
「うう……そんなに罵倒するなんて、やっぱり好きなんて冗談みたいだ。俺にとっては鈍感も天然も、謂れのない罵倒なんだぞ? 馬鹿だということだから、ちょっぴり悲しいじゃないか」
「だから馬鹿だって言ってるんです。そのままでしょ。と言うか普段から辛辣な発言をしてる俺の言葉は気にしないくせに、馬鹿は嫌だってなんだ。変なやつだな、あんた」
「まあその、馬鹿だと他の人が困る。それが嫌なんだ。鈍感で気付かないから、お前の、こ、恋を、ええと、知らなかったわけだしな。………告白の返事をしようか?」
「…………」
最後の言葉は、じっとゼオの赤茶の瞳を見つめながら聞いた。
無表情の裏にある感情を見逃さないように、しっかりとだ。
濃いめのグレーの髪がサラリと揺れた。
すぐそばでしゃがんでいるゼオが、自分の膝に肘を立て、顎を手に置く。
右耳にだけついている血赤珊瑚のピアスが、キラリと太陽光で光って眩しい。
「…………」
「? ………?」
どうして無言で見つめられているのか、理由はよくわからない。
だけど片方だけのピアスを見ていると、あの日ウィンドウショッピングをしながら二人で歩いた、街の時間を思い出す。
歩きながらしたのは雑談ばかりだった。
その中には、彼の出生の話もあった。
純血のヴァンパイアは、瞳が赤い。
そして髪が白い。
彼らは昼間は日陰で過ごすが、夜は帝王然と君臨する。
夜型なのは、夜目がききすぎて昼間は目をやられてしまうかららしい。
瞳が赤いのはアゼルと同じだ。
アゼルもまた吸血鬼だからだ。
けれどハーフヴァンパイアのゼオには、その吸血鬼の赤がない。
血赤珊瑚のピアスをつけているのはなんとなくだと言っていたが、ルビーやガーネットではなくそれを選んだのは、彼の無意識な負い目だろう。
真偽は不明だ。
ただ俺はその話を聞いてそう思った。
だからあの日は思うままに、当たり障りない、なにも特別ではない返答しかしなかった。
今考えると、もっと気の利いた言葉を返せればよかったな。
俺はそう言うところに気がつかない。
だから鈍感だと呆れられるのだ。面目無さ過ぎる。
残念な俺を、芯がありすぎるゼオが好きだった。
未だに信じられない時間を超えた事実。
考えれば考える程、俺はあまりいい男じゃないぞ? 残念っ子だ。
けれどゼオは俺を見つめたまま、そっと手を伸ばした。
切れ長の目を細められるとたじろいでしまいそうになるが、視線は逸らさない。
伸ばした手は、俺の右耳のピアスに触れた。
黒い三角形が蔦を絡ませるように組み合わされ、赤い宝石があしらわれたそれ。
これは初めてのデートに記念に、アゼルに貰ったものだ。
どうして一つなのかと言うと、理由は……すごくかわいいから、秘密にしておこうかな。
これを聞き出すのに苦労した。
ゼオと違って感情を押さえ込めないあいつは、顔を真っ赤にしてそっぽを向きながら、頑なに嫌だと言っていたんだ。
「ん、ふふ」
ゼオがピアスに触れるからアゼルのことを思い出してしまい、少しだけ目尻を緩めてしまった。
「……イカれたことに、そう言うところが好みなんですよね」
「え?」
「いいな、うん。ブレない」
キョトンと首を傾げると、ゼオの手がするりと離れて、元通りに収まる。
なにがだ?
どう言うところだって?
もしかして、タレ目気味なところなのだろうか。怖くはないと思うぞ。
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