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第497話
鷲の上半身に獅子の下半身。
金色に輝く空の守護者。
サラブレッドほどの体格がある大きなグリフォールは、足を固定していた氷をいとも簡単に粉砕したのだ。
そしてその勢いのままゴォッ! と風を吹きすさばせ、キャットは足元のゼオに飛びかかった。
「っ、と」
「ピュルルルルッ!」
ドン! という衝撃と共に、ゼオは避ける間もなく押し倒されてしまう。
押しつぶされたのかと思ったが、ゼオは細い腕を伸ばしてキャットの鷲頭を押さえ込み、鷲頭に擦り付かれる惨事を回避していた。
けれどキャットは甘えるような鳴き声を上げ、猛攻は止まない。
一見して人が襲われているようにしか見えないが、伊達に陸軍のナンバーツーに選ばれていないゼオだ。
身体強化を素早くかけたらしく、傷はなかった。
やはり目は死んでいるのだが。
『嫌です、嫌です、俺は諦めませんっ! めそめそしません! ゼオ様が好きです……! ずっとずっと好きなんですっ!』
「勝手にしてもらってかまいませんが、とりあえず物理的に愛が重いので、どけてほしいんですけど」
『ああやって俺が未練なく想いを断ち切れるよう、決断を迫って追い込むところも好きです……! 自分はちゃんと断ってほしいからと、希望を持たないようにきっぱりとフるのも!』
「ああ、はい。あの発言を超ポジティブ解釈するとは……恋愛フィルター絶好調ですね」
『わざとキツく言うんじゃなく、素で気遣ってるつもりなのに冷血すぎるところッ! 断固自分がブレないところが一番好きです! 諦めないっ、い、嫌だあぁ……っ! 諦めないぞ、諦めないぃぃ……!』
「わかったから俺の上から降りてください。パッと見捕食なんで」
ゼオが自分の上で泣きながらすり寄ってくる猛獣に対して、なにやら話している。
が、人間の俺にはキャットの言葉は聞こえない。
泣き声なのかピュルルル、と鳴く声だけしか聞こえないのだ。
固唾を飲んで結末を見守る俺を横目に、ゼオが深い溜息を吐いた。
呆れているのだが……嫌な気持ちではなさそうだ。
諦めの悪いキャットに、少しは絆されているのかもしれない。
ゼオはゼオなので難攻不落だが、俺はキャットを応援したいぞ。
「つーかあんた俺に抱かれたい側のくせに、なんで俺を押し倒してるんだ。さっさと元に戻れ。デカい」
『うう〜っ! そうですとも!』
そうして見守っていると、ゼオがキャットをどかせるためのアプローチを変えた。
それを受けたキャットは、先程と同じく急にパァ、と光り、瞬きする間にしゅるしゅると元通りの魔族形態に変化する。
そのキャットの表情は意を決した、告白を決意した時と同じ前を向いた表情だった。
(よかった……吹っ切れたみたいだな。キャットが泣いていると、俺も悲しくなる)
悲しみの連鎖が経ち切れてほっと一息を吐いた俺は、そんな二人を慈愛に満ちた眼差しで見守る。
──が。
深く息を吸ったキャットは、ゼオの上にのし掛りながら、陸軍の訓練場中に響き渡るほどの大声で、高らかに叫んだ。
「俺、キャレイナル・アッサディレイアはゼオ様に抱かれたい系男子です────ッッ!!」
「真・勇者様奥義、舐めんなPTAキ──────ックッッ!!」
つかの間のメンタル無敵モードなキャットの突然の大宣言に対し、同時にどこからともなくいつものあの人の必殺技が叫ばれる。
そして魔王城のツッコミを本人非公認で不本意ながら一手に引き受ける凶悪フェイスの勇者様こと──リューオのキレッキレのツッコミは、空から飛来。
「ぎゃふんッ!!」
ドゴォォンッッ!! と衝撃音が響き渡り、いわゆるスター状態だったキャットへ、多大なダメージを与えた。
ツッコミと共に放たれた燃え盛るサッカーボールが、拳を握って空へ叫んだキャットの側頭部にクリーンヒットしたのだ。
キャットは悲鳴を上げて、あえなくゼオの上からこてんと転げた。
人型に戻ってキャットの拘束から解放されたゼオが、リューオに無言で片手を上げている。
(おぉぉ……め、珍しい。褒めているぞ、あれは……)
陸軍長補佐官の褒め対応なんてプレミアじゃないか。
上官に褒められたリューオは鬼のような形相でキャットを威嚇しつつも、片手を上げて答えていた。
リューオとゼオは仲がいいのか?
仲がいいのはいいことだ。素敵だな。
そうして少し和んでしまったが、すぐにハッと我に返った。
いけない。それよりもキャットが起き上がらないから、助けに行かねば。
怪我をしているかもと慌てた俺は急いで結界を解除し、キャットに駆け寄ろうと足を踏み出した。
──が。デジャブ。
「情操教育に適してねェ発言はテメェが事前に止めやがれお父さんよォッ!」
「あうっ」
いつの間にやら目の前にやって来て仁王立ちで立ちはだかっていたリューオが、パシコンッ! と素早く俺の頭を叩いたのだ。
うう、いい音が鳴ってしまった。
どうして俺は怒られてしまったんだろう。
ちなみに慣れているから特に怒っても悲しんでもいないぞ。大丈夫だ。勇者コンビは仲良しだ。
しかしながら頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる俺は、リューオの肩の上に乗っている娘を見て、合点がいった。
「がおがお、めっ! なんでしゃるぱぱ、めってするのっ! たろー怒るよ! 好きな人を傷つけた奴はなにがなんでもぶちかますっ、まおちゃんいってたのーっ! あむ、あむあむっ」
「おーおー盛大にべちゃべちゃにしてくれてンなァ、タロー。でもシャルパパがいけないんだぜ? 後なに幼児に魔王理論教え込んでんだよ。お前ら二人のその敵認定した奴を絶対許さない精神、すでに教育済みかよ。これだからクソマジメ天然バカ野郎と、クソ過激派親バカキングの子育てはよォ……ッ!」
リューオの髪をかじってなにやら怒りつつ攻撃をしているらしい、かわいすぎて毎日愛おしいタローは、近頃繊細なお年頃。
タローの情操教育的に、キャットの〝抱かれたい発言〟は確かによろしくなかった。お父さんショックだ。
「ぐう、非常に面目ない……! タロー、怒ってくれてありがとうな。けれど俺が迂闊だったから髪を噛むのはよしてくれないか?」
「ふむぅ?」
「俺が子どもをリューオに任せて友人に構いっきりになり、挙句の果てに好きな人の好きだった人が相談相手と言う泥沼寸前で、子供に聴かせるには些か過激な発言を許してしまい……」
「だァかァらァ! 子供相手に発言がマジメすぎるんだよバァァァカッ! もう、もうバァァァァカッ! シャルバァァァァカッ!」
リューオの髪をかじって首を傾げるタローに真剣に謝罪をする俺を、リューオが全力でバカ呼ばわりする。
地面で丸くなるキャットはやる気に満ちているし、ゼオはさっさと帰っていく惨状。
──この日の出来事を後日、リューオはユリスにこう語った。
「俺とお前と宰相以外ほぼ全員ボケって魔王城ツッコミにブラックすぎんだろ」と。
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