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第498話(sideアゼル)
──同日・夜。
本来ならば、仕事が終わればシャルとタローの待つ自室へ帰るのが、俺だ。
だがしかし、今夜ばかりはそうもいかない。
理由はもちろん、精霊界からの来賓をもてなす、接待ディナーのためである。
来賓との晩餐や食事をしながらの会合で使う食堂を舞台に、俺は落ち着かない食事を行う。
相対するのは魔王である俺と、精霊王であるアマダに、司祭であるルノ。
二十人は座れるゴシック様式のテーブルは繊細な細工が施されていて、見るものを感嘆させる。
飾り付けられたテーブルへ、接待ディナーの開始と共に、従魔が次々と料理を運んできた。
コースメニューはこちら。
前菜にラグランのオススメオードブル。
これは外れなし。
サラダは季節の野菜盛り合わせ、温玉添え。
温玉は一般的な両手サイズの魔界の鶏卵、基コカトリスの卵だ。黄身が濃厚で美味。
それらを平らげると、次に巨大毒サソリのグリルがドン、と各人の前へ登場する。
とろりと蕩けるチーズにホワイトソースが絡み合い、巨大毒サソリの旨みが引き立つのだ。
付け合せには魚介ダシで調和されたポテトグラタンが添えられていて、食欲を唆る。
もちろんサソリは殻ごと齧るのが魔族流。
これについては嫁エピソードがある。
毎度恒例となりつつある、誰にともしれない者に語る俺の脳内シャル語りは、盛り上がった。
まあ聞け。俺のために聞け。
つまらない接待より、ずっと脳内が彩るぜ。ゴホン。
前にディナーで毒サソリが出て、俺が齧って食うのだと教えた時のこと。
知らなかったらしいシャルは感嘆しながら毒サソリを掴み、齧る。
すると当たり前のように貧弱脆弱惰弱のトリプル弱種族なので、殻で口の中を切ってしまった。
ちょっと考えればわかることなのに、シャルはシャルなもんだから、止めるより先に齧りやがったんだ。
タローの分は初めにシャルが別皿に中身を分けていて、よかったぜ。
でなきゃ真似したがりのタローは、父と同じように齧りついただろう。
俺は本来の姿ならぶわっと毛皮を逆立てていただろう程、肝が冷えた。
シャルが血を出したのだ。
慌てずにはいられない。
狼狽した俺はシャルの顎を掴んで、口の中に指を突っ込む羽目になる。
やましい気持ちはない。
純粋に咄嗟の行動だ。
シャルは具合は上顎に小さな傷がついた程度だったが、それでも許せない。
迂闊なシャルを叱りながら、つい普段の癖で傷を舐めようと、思いっきり舌を突っ込んでキスをしてしまった。
まあこれは止む終えない事情だ。無罪放免だ。
問題点は子供の前だという部分だろうが、俺は王様なので知ったこっちゃない。
途中でこれは大義名分を得たな、と確信を持ってもいない。
ふふん、日頃の行いだな。
その時のシャルは流石と言うかなんと言うか、テーブルの傍にあった食器を片付ける台車から丸い盆を取る。
そして素早く自分と俺の間くらいに添えて、教育的ガードをしていた。
絶対に見せないと言う頑なな意志を感じる。
かっこいいしかわいいしエロい。
やっぱりシャルは最高だぜ。
けれどこのままだとキス以上のこともしたくなるので、名残惜しくも早めに終わらせたオレだ。
シャルはなぜか「俺百パーセントか……ここは異世界だから、アラウンドザワールドじゃなく、アナザーワールドだが……」と呟いて、傷が治ったのを確認しながら落ち込んだ。
ここにツッコミ勇者がいれば「古ィし伝わんねェしバカばっかりかよ」とキレたことは、俺の知らない話である。
そしてタローはキスが見えなかったので、盆を遊び道具と認識した。
目をキラッキラと輝かせて、欲しがっていたぜ。
しかし、食事が終わってからでないと遊んではいけないと言われて、おとなしく口を動かす。
アイツはやはり、光属性の英才教育が施されている。俺の娘も最高だ。
当然ながらその後結局、俺はシャルに叱られたという話であった。
子どもの前ではやめなさいと言われたぜ。
俺はシャルに叱られるとバツが悪くて、そっぽを向いてしまう。
未練たらしく絞り出した言い訳で「子どもの前じゃなきゃいいのかよ」と言った。
するとお説教モードのシャルは「どこからでもかかってこい」と指をくいっと曲げた。
ちくしょうめ。俺の嫁は最高だ。
最高すぎるので最高の上の表現法が必要だ。
閑話休題。
そんなエピソード。
(クックック……あの時のシャルはかわいいオブかわいいだったな……ちょっと尊さが凄くて脳細胞が理解するのを拒む程度の尊さだったぜ……。かかってこいとか言うカッコイイシャルをグズグズのドロドロにした時のあのギャップが、はぁぁ……嫁がしんどい芸人……子どもに見せられないシャルなんて、逆に卑猥だろ……。俺にキスされて反射的に唇を開くところも、うっかりかわいい……後で叱るが拒まないところもセイントかわいい……もう永遠……シャルという概念は永遠だぜ……)
至って真剣な外交用のクールな表情。
思い出の巨大毒サソリのグリルを噛み砕いて、ゴクリと飲み込む。
今の俺が嘗ての出来事に思いを馳せ、沸き立った吸血欲を我慢しているなんて、誰が思うのだろうか。
頬がにやけるのも我慢した。
魔王だからな。
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