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第499話(sideアゼル)

 さてさて。  なぜこんな話を思いついたかと言うと、なんのことはない。  アマダの馬鹿野郎は魔族の食べ方を知っていても、それをしないということ。  それ以前になにを思ったか──俺の下家に座り、ニコニコと付け合せのグリルされた茄子を差し出してくるということなのだ。  端的に言うと、あーんをされている。 (チッ。満面の笑みを浮かべやがって)  構うことなくシカトしながら、内心では悔しさでグルルと唸る。  コイツはふてぇ男だ。  面白がって奇行に走っているのが、俺でもわかるぜ。  精霊族が自由なのは認めるが、それに輪をかけてこの精霊王は掴み所がなく、飄々としている。  うちの自由人代表──ガドよりも、アマダはどうしたいのか、という目的が難解な男だった。  緩いがために明確な目的を言わないので、察しないといけない。俺の不得意ジャンル。  シャルやタロー以外にあーんをされる謂れのない俺は、当然ながら意図的にそれを無視していた。  そもそも茄子が嫌いだ。  熱を通された茄子はもっと嫌いだ。  脳内でシャル補給に忙しかった俺は、嫌いなものをウリウリと押し付けられ、目から光が消えていく。  現実逃避とも言うが、逃げるのはカッコ悪い。戦略的撤退と言え。 「アゼリディアス〜。ほらほら、あーんだぞ〜」 「ふざけろ。友好関係目的の晩餐会だって言っても、親交の深め方間違ってんだよ。黙って速やかに食い終わりやがれ」 「んー。もう腹いっぱいだからなぁ……アゼリディアスに、もらってほしいなぁ」 「残飯処理に他国の王使ってんじゃねぇぞ」  ギロリとひと睨みすると、アマダは降参とばかりに茄子を自分で食べてから両手をあげる。  それでも顔が笑っているのがコイツらしい。全くこりちゃいない。  出された料理を食べるだけの機械になっているルノが、かわいらしく思えるレベルだ。  俺としては怯えられたり萎縮されたりして、こうなられるのに慣れている。  だからこそ、逆に構い倒してくるアマダは、やっぱり謎だったりするのだ。 「冷たいなぁ、もう」  テーブルに肘をついて俺を眺めているアマダが眉を垂らし、寂しげに息を吐いた。  しょげるな。俺が悪いような気分になる。  フォークを置いたアマダは、これ以上口にする気がないのだろう。 「お前に奥さんができたなんて聞いた時、俺はたまげたもんだぜ? 今までは告白すらされたこと、なかったのにさ」 「なんでお前がそれを知ってんだよ。ほっとけ。告白なんざされなくても俺にはアイツがいるし、アイツ以外はいらねぇ。それにな、〝好きです、付き合ってください〟なんてテンプレワードが聞きたくなっても、問題ねぇ。アイツは頼めば言ってくれる。ふふん。俺の嫁の包容力は世界を抱く」 「えぇ……急に元気になっちゃって……」  シャルの話題を出されて突然口数が多くなった俺を見て、アマダは呆れたような笑みを浮かべた。  当たり前だ。  シャルは俺の元気の源で、そこにタローが加わった今の生活を思えば、短く済むわけがない。  語り尽くせないほど素晴らしいところがあるに決まってる。  今夜は寝かせないというレベルだ。  朝まで家族自慢生トークといこうじゃねぇか。ウキウキだぜ!  しかし俺が口角をニヤリと上げると、アマダは早々に話題を変えてしまった。 「あぁ、今日な。そういえば魔王城で散歩をしてる時に、空軍長補佐官の、ええと……キャットの告白現場を見たぞ?」 「へぇ」  なんだ。キャットか。  シャルの話題じゃなければどうでもいい。  あからさまに返事に込める感情が引いた俺を見て、アマダはあははと笑う。  しょうがない奴だと呆れられるが、知ったこっちゃねぇからな。  キャットが誰と所帯を持とうが、アイツの選んだ相手なら見どころのあるやつに決まっている。  いちいち反応することじゃない。  食堂のメニューに赤飯を追加してやろう。  だからさっさとデザートが来て終われ、と切に願う俺は、死んだ魚のような目で淡々とアマダをあしらう。  ──だが。 「北の建物の最上階だったかな。部屋の中でキャットがな? 黒髪の人間みたいな男に飛びかかりながら、好きです付き合ってくださいーって、叫んでた」 「へぇ。…………あ?」  アマダが世間話を語るそれがどうにも引っかかり──俺は途端に目に光を宿し、眼光を鋭くした。

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