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第500話(sideアゼル)

(北側の建物の、最上階……だと……?)  コクリと黙り込み、思考回路を高速回転させる。おかしい。  なんの間違いか、俺の部屋はそこだ。  俺の部屋はシャルの部屋だ。  そのシャルの部屋で、アマダはキャットの告白現場を目撃した。  しかも黒髪の人間っぽい男が相手。  魔力を感知できない精霊族から見れば、人間と一見人間に見える俺のような魔族の区別は、つかない。  まず、俺は今日キャットが訪ねてくるなんて聞いてねぇぞ。  シャルは予定にあれば教えてくれる。  つまり突然の来訪。  カチャカチャと俺の頭の中でスピーディに計算式が組み上がっていく。  俺の存在を知っているプラス、勢いの告白、イコール抑えられない好意。  結果、しゃにむに飛びかかる空軍。  なんだ。俺と殺り合いたいのか、アイツ。へぇ、いいぜ。殺るか。 「魔族の恋愛は戦争だ。勝てばいい。俺から奪おうってなら、俺と殺し合いだな」 「え? あれ、えっと、おーい。アゼリディアス? 恐怖状態異常入るから、その目やめろよ〜? どうしたんだ?」 「ククク、部下を血祭りに上げて真剣な話し合いをしなければいけない事実を、嘆いてんだよ。返事がどうこうじゃねぇ。俺のいない時を狙ってきたあたりが、喧嘩上等だと見たぜ。俺はな……」 「う、うん?」  キョトンと首を傾げるアマダに、まともな返事をする余裕もなかった。  今はとにかくシャルにことの次第を聴取し、場合によっては空軍の晩ご飯に突撃を決行しなければならないのだ。  シャルは俺からキャットになんの相談もなく乗り換えたりしないという確信がある。  なので、キャットはお断りをされたはずだ。  お断りされても諦めがついてなければ、話し合いをするぜ。物理的にな。  動揺を隠しきれないまま震える手でテーブルの上のグラスを取り、一息を入れて落ち着こうと、中身を一気に煽る。  せっかく俺は嫉妬やらなにやらを大人対応できるようになってきたのに、まさかの伏兵だ。 (ここで勢いに乗ってシャルに詰め寄るのは、だめに、きま、…………ん? これ、水か? にしては苦い……気がする、なぁ〜……)  ゴン、とテーブルにグラスを置き、俺はぐらつく視界で立ち上がった。  シャルのところへ行かねばならないのだが、どうも、ふわふわ。ふわふわと、んん。 「…………」 「え、ええと? どした、急に立ち上がって。なんかお前、目が据わってるぞ〜……?」 「……この水、まずい……」 「おお、反応した。ってあはは、それはワインだぜ。白ワインだから気付かなかったのかぁ? いい飲みっぷりだったな〜」 「うぇ……? ぐ……水、水……」  俺にはアマダが笑いながら言う言葉の意味が、わからなかった。  手をふらりと動かして、テーブルの上から今度こそ透明なボトルを発見し、直接中の水を飲む。  水で頭を冷やして、大人の俺。  おとなの、んんん。まずい、なんだこれ。 「は……不味い。なんでだ?」  ドン、とテーブルに空のボトルを置いて、首を傾げた。なんでか不味い。 (あぁ、なんだよ、ンン……アマダはこの水を、白ワインって言ってたなぁ……)  俺の顔色が本人の知らないうちに、じわりじわりと真っ赤に染っていった。  白ワインってのは、シャルの大好きな水だ。  シャルと一緒にデートで飲んだアレは、飛び切り甘くてうまかった。  シャルがだめだって言っていたけど、我侭を言うと、許してくれた。  シャルを見ていると、白ワインはうまかったぜ。シャルの唇と同じ味がした。  なのにコレは、どうも不味い。  キョロキョロとあたりを見回す。  シャルがいねぇ。どこに隠れやがった? だから白ワインは不味かったのか。ふぅん。  白ワインが不味い理由を理解した途端──しょぼん、と眉が垂れるのが自分でもわかった。  それはそれは情けない、拗ねきった表情だ。 「か、帰る……」 「えっ?」 「シャルが俺以外に好かれた。だめなのにっ、お、おれのなのに、ふっうぇ……っ」  シャル以外の前で泣いたりしないが、泣きそうになってしまう。  そして室内ということを考えずに最速で移動する為、第三形態の大きな狼の姿になった。  バリアフリーな魔王城と言えども、俺のこの姿だとかなり道幅はギッチリだ。  ドンッ、と床を鳴らして立つ俺は、情けなくアォンと鳴く。 「えっ」 『しゃ、しゃるぅ……っ』 「えっ!?」  接待なんて頭の中から追い出し、俺は扉をバァンッ! と弾き飛ばして、廊下に躍り出た。  シャル、シャル。  お前がいないと白ワインは不味かった。  うう、俺を待ってる約束覚えてるか?  寝ていたら、怒るぞ。しがみついて離さないからな。 (たくさんなでて俺を褒めてくれないと、絶対許さないからな……っ!) 『うう、うぅ、うぅ〜……っ!』  言葉にならない甘えた声を上げて、酩酊状態の俺はキャットの飛びつきを上書きするべく、疾走する。  兎に角愛するシャルに飛びつく為に、無人の廊下を走り抜けたのだった。 「…………ハッ、またジズについて聞けてませんよぉ〜……! 協力要請もまだですっ!」 「それより物凄いもの見たショックが、酷い……こんな時どんな顔をすればいいのか、わからないなぁ……」 「笑えばいいと思うのですっ」

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