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第110話✽
着替える前に喉が渇いて、紅茶でも飲もうと誘った。
ローテーブルの上に常備してあるティーセットを準備すると、アゼルは何かを思い出すように俺を見つめる。
「……俺、魔王になったばかりの頃、一人でお茶会をするのが好きだったんだぜ」
そう言って、ククク、と機嫌良さげに笑われた。
どうしてそんな事を機嫌よく言うのだろうか。
ソファーで隣に座る俺はキョトンとしてから、今まさに注ごうとしている手に持ったティーポットとカップをピタリと止めた。
「一人で飲みたいのか?」
違うようだ。
サッと夜着の裾を引かれて、そうじゃないらしい事を理解した。
魔力を通すと温まるティーポットから二人分の紅茶を用意する。
途端に冷えた透明な空気へ白い湯気が立ち上り、鼻腔を擽る香りが肺を包む。
「これがいい」
隣のアゼルから小さな呟きが聞こえた。
なるほど、今は一人じゃないお茶会が好きだと言いたかったんだな。
俺も、お前とこうしてお茶やお菓子を楽しんだり、共に食事をしたりするのが好きだ。そうして交わす会話も、空気も、お前が作り出すもの全てが愛おしい。
そう言うと、アゼルは頬を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「俺だけだったか?」と些か不安に思い尋ねると「馬鹿言うな、じゃないからこうなってんだ」と拗ねられる。
忙しい朝をこうして戯れ合い過ごす。
二人で紅茶を飲んでゆっくりと流れる時間を楽しむ贅沢な幸せ。
不意にアゼルが、トン、とテーブルを叩くと、そこに紙に包まれた何かが現れた。
「これは?」
「割れたカップの破片」
「そうか」
お茶会に現れたカップの破片。
まぁお茶会だからな。カップは当然ある。割れたカップはテーブルに乗ってはダメなんて規則はない。
アゼルはそれを静かに眺める。
壊れてなんていないかのようだ。
「貰いもんで……あの時は割とお気に入りの奴、だった。と思う」
「お墓作るか」
「なんでだよ」
割れたままの破片を見つめる目がどうにも優しかったので大事なモノなんだと思い埋葬を提案するが、あっさり却下された。
大事なモノの破片を見るにしては、なんだか嬉しそうだ。俺の知らない理由。
現実では眠る事なく仕事に戻り、壊れたまま二度と戻らなかったカップの破片は宰相にバレないよう魔法域に隠した過去。使えないのに惜しくて、捨てる事も出来なかった。
それが夢の中では暖かな優しさに包まれた事への充足と哀愁だったのだが、俺は知る筈もなかったので、首を傾げ頷く。
「それじゃあ、今度新しいカップを買いに行こうか」
カップをくれた人にも、お返しに贈ればいいんじゃないか?
呑気にそう提案すると、アゼルは驚いたように目をぱちくりとさせ、それからまた顔を逸らす。
「カップがないとティータイムができねぇから、買いに行くか。まぁその……ついでに、あいつの分も」
ツンと言いながら耳が赤いのが丸見えで、慣れたと言ってもきっと二人で出かけるのが嬉しいんだろう。
そう思う俺の方も今度をいつにするのか考え始めていて、自分の胸が期待に踊っているのが嫌でもわかった。
ちゃんと休みの日を作ってもらわないとな。
なんてったって、ひさしぶりの。
「デート、だからな」
「ン゙…ッ」
敢えてその言葉に触れなかったアゼルの心に気が付かず浮かれた俺が笑顔でそう言うと、アゼルは言葉に詰まって悶えた。
だって、立場上仕事があるのでホイホイと休めないアゼルとの、ひさしぶりのデートの約束。
すっかり登りきった朝日に照らされ、にやけるのを我慢する赤い顔とへらりと笑う顔がよく見えた。
そんなある日の朝だった。
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