111 / 615
六皿目 純情変態桃色魔王
あっさりとした飲み口の香りの良い紅茶に、ユリスは角砂糖を二つ、俺は何も入れない。
彼の誘いはいつだって突然で、部屋の扉をバンッと開いて腕を掴まれたかと思えば「今から飲むよっ!」と不機嫌に大きな瞳を吊り上げる。
甘やかす為の手土産を用意された花の絵皿にあけて、彼の研究室にて語ること小一時間。
「アイツってば捕虜って名前だけのヒモだと思っていたのに陸軍で働いてたなんて信じらんない!人間ってへなちょこなんだよ!?アンタ見てたらわかるもん!」
「ん、んん…」
悪気なくへなちょこ扱いされた俺は、微妙な顔で持参した手土産のベリージャムクッキーをつまむ。これはユリスの好物だ。
ヤケ酒をするOLのように紅茶をグッと一気に飲み干し、更におかわりを追加するユリス。
何の話をしているのかと言えば──暫く前に陸軍の仕事帰りに血塗れ姿でユリスを抱きしめると酷く叱られたリューオの話を、ユリスサイドで語られているのだ。
血塗れで抱きしめられたのだから当然ユリスも血塗れになり、デリカシーがない事に怒っていたのだが、どうやら他にも怒りの理由があって。
ふんふんと聞いているとわかった最終的なユリスの言いたい事は、軍魔は危険だから人間の身では務まらないと心配しているようだ。
父と兄の仕事をいつも見ていたからだろう。
それに、陸軍の仕事を手伝っている事を知らなかったのも、不機嫌に一役買っている。
リューオに報告の義務はないが、日々好きだと言ってくる相手と言われる自分の関係にしては、素っ気ないと感じたんだな。
ユリスが俺を引っ張って何時間も話に付き合わせる時は、大抵リューオの話だ。
最近は文句を言いつつもよく一緒にいる所を見る。言っている事に変化はないかもしれないが、これでユリスは懐に入れた相手には世話焼きで優しい。
──そう言う所がリューオと似ていると言えばきっと怒るのだろうな。
二人の今後を決定する権利はないけれどお似合いだと思う。
そう考える俺には気づかず、漸く血みどろ事件の文句を言い切ったユリスはクッキーを摘み、ぐたっとテーブルに項垂れた。
「もぉぉぉっあんの馬鹿嫌!アイツの口は〝好き〟と〝かわいい〟しか言えないわけ!?口説き文句もろくに考えられないなんて、ホント人間って馬鹿!はぁぁ……お前はいいよね、魔王様なら情熱的な口説き文句もお手の物でしょ?」
「いや、甘い事を言う時のアゼルは割とその二つをヘビロテだな。言えない時は黙って抱きしめてくる」
「んんんん〜〜それはそれでギャップぅ…!クールな魔王様が可愛く甘えてくるならアリだもん寧ろ最高…!可愛くもなければ甘えても来ないからあの脳筋勇者」
温度差が酷い。
ユリスはアイドルに熱を上げる少女のように頬を染めてほぅ、と息を吐くのを一転、闇の深い目で脳筋勇者と罵る。
うぅん、ここまで嫌なのに俺を引っ張ってまで語る上に欠かさず話題に出してくるのは、最早大好きなんじゃないか?
ツンすぎるユリスをなんだか兄のような気持ちで見つめる。俺はユリスの味方だぞ。リューオをこっそり応援しているが。
そんなユリスは俺の嫁であるアゼルをアイドル扱いの上盲信しているが、アゼルだってリューオと似た者同士で同じような者だ。
俺を褒めてくれたり甘い言葉を頑張って言う時は『悪くねぇ』『まぁ、好きだ』『可愛い、からムカつく』辺りを変形させて言ってくる。
夜は大抵『エロい』『シャル』『もっと』である。
他にも小声でボソボソ言っている時はあんまり聞こえないが、『無理』『しんどい』『尊い』『俺の嫁』という関連性皆無な謎の単語が飛び交っていた。
ユリスの好きなロマンス小説や恋愛指南書のようなスマートな口説き文句はあまり言ってこない。寧ろ苦手だ。
紅茶を飲みつつあけすけにそう伝えると、ユリスはそれでも全く構いませんけど?て言うか良くない?とでも言いそうな顔でキョトンとしていた。
うん、流石美と愛の先生だ。
俺以外で唯一アゼルが可愛いと言う事に全面的に同意している俺の恋のキューピットは懐が深い。
尊敬の眼差しでキラキラと見つめるとアホな子を見る目で見られた。
ともだちにシェアしよう!