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第514話
──その後。
俺から返事を貰えたので、アゼルは仕事に戻っていった。
アゼルは見送りの後だが仕事に行かず、道草を食べにきている状態だったのだ。
見えない獣耳がしゅーんと垂れて、ちらちら背後を振り返りつつ歩いて行った。
かっこよかったのが一転。
かわいいを滲ませるアゼルは魅力たっぷりなので、俺だってちょこちょこ惚れさせられている。
そういう時は乙女になってしまうから、恥ずかしい。照れてしまう。
タローは去り際にアゼルに頬をつんとされたので、両腕をブンブンと振り、行ってらっしゃいをしていた。
それが余計に後ろ髪引かれたんだろう。
すっかりパパである。
さてさて。
アゼルを見習って、俺も仕事を始めよう。
今日のお菓子は、メープル風味の型抜きクッキー。
型抜きの型は俺の自作だが、落ち葉や楓やどんぐりとなかなか愛らしい。
分量を前もって測ってある材料を順に混ぜ、クッキー生地をコネコネだ。
仕事モードになりながらも、つい先程のアゼルの様子を思い出し口元を緩める。
最近は取り立ててどうしようもないような出来事が起こらず、こういう穏やかな日々が続いているな。
平和が当たり前なんだが、俺とアゼルは厄介事ホイホイなので、半年に一回は巻き込まれていたのだ。
それも近頃はないので、俺は嬉しい。
特にタローが生まれてからは毎日心が躍り、和やかな空気感に満たされている。
子供がいると親はつきっきりなものだから、仕事や生活がままならなくなることもあった。
初めは食事も付きっきり。
今もそうだが、そんな苦労もひっくるめて幸せなのだ。
けれど考えてみると、タローを拾ってからまだ一年も経っていないことを思い出し、驚く。
そんなに経っていないのか。
もっと何年も一緒にいたみたいな気分だ。
卵を拾ってからだと、大体九ヶ月くらいか。
タローとの生活はまだたったのそれだけなのに、すっかり俺たちの傍にはタローがいるのが、当たり前になっていた。
しかしよく考えてみると、俺はアゼルと出会ってうっかりプロポーズまで半年だ。
手塩にかけて育てる子どもを愛するようになるのには、十分な時間なのかもしれない。
「これが父親の気持ちか……」
薄くのばした生地を型抜きでポンポンと抜いて大量生産しつつ、一人頷く。
俺もアゼルも男なので、両方がお父さんであり、両方がパパなのだ。
一応おままごとの時は俺がお父さんで、アゼルがパパではある。
夜の役割分担では決めていない。
それだとママになってしまうからな。お産の記憶はないぞ。
ただ俺にお産の記憶はなくとも、毎日食事や入浴の介助、文字や常識、雑学の教師をしている記憶はある。
育ての親となった俺としては、当然の心持ちだった。
わしが育てたと言うアレだ。
おっと。
閑話休題だな。
こんな呑気な思考をしながら大量のクッキーを作れるのか? とお思いのお嬢さん。
俺は魔法使いだから大丈夫だ。
チンカラホイと魔法をかける。
「ん」
トトトトトト……、とテンポよく型を抜き、ベムッ、と余った生地をまとめて、のびーんと伸ばす。
そして再度トトトトトト、と型抜きをする。
普通の型抜きで出る音じゃないが、これが魔王城のお菓子屋さんの型抜きだ。
クッキーの型抜き。
身体強化魔法をかけて両手でやっているので、一分あれば五十枚分抜けたりする俺だった。
日頃の鍛錬が生きるところである。
ふふん、立派な魔法使いだろう?
「しゃる〜? まおちゃんとおんなじ顔してたよ〜っ。しゃる褒めてって顔だよ! よしよししないとっ」
「んっ? そうか? んん……よしよし」
全ての生地をクッキーに変えた俺を呼ぶ声に、キョトンとする。
柵から身を乗り出したタローが声を張り、アゼルに似ていると言って、キャッキャと笑った。
とりあえず言われたとおり、自分の頭をなでてみる。自分だとあんまり嬉しくはない。
長く一緒にいるとお互いに似てくると言うが、俺はそんなにアゼルに似てきたのだろうか。
(そう言えば、ライゼンさんがアゼルは俺に似てきたと言ったことがあったな……)
そう思うと、似ているのかもしれない。
考え方や癖が移ったのかも。
それは結構、嬉しいな。
一緒にいなくても一緒にいる気分だ。
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