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第520話
「ったく……魔王はどこほっつき歩いてんだろうなァ……人間と魔族の区別がつかない精霊族に効果的だからって、俺に無理矢理護衛なんかさせやがってよォ」
「んん、ごめんな。俺も戦えるから、護衛がなくても大丈夫なんだが……アゼルにはなにか考えがあるのだろう。リューオの戦闘力は実際人間詐欺だから、頼りになるしな」
「褒めてもなんにも出ねェしユリス不足でカリカリしてっからな、俺。勇者嘗めんなよ。くだらない理由で一週間放置してンなら、魔王討つぜッ?」
「それは困る。お前と戦いたくない」
二人して窓の外を眺めながらゆるゆるとしたやりとりをすると、「魔王殺すならシャル諸共かよ」とキレのないツッコミが入れられた。
ん……でもユリスが嫌がるから、リューオは俺たちを討てないだろう?
美しい友情だ。俺は嬉しいし幸せだ。少し気分が朗らかになる。
そんな時、くきゅるるるるる、と悲しげな鳴き声が聞こえた。
「腹減ったなァ……」
「夕飯のために狩りへ行こうか」
「ゼッテェおかしいけどもういいわ」
しばらくぼう、とした後に響いたのは、リューオの腹の虫の鳴き声だ。
それを皮切りにガタン、と椅子から立ち上がり、俺たちは慣れたように窓に足をかけた。
なにをしようとしているのかと言うと、言葉通りに狩りへ行くつもりである。
実はこの離れには俺たち二人以外誰もいないどころか、食料すらなかったりするんだ。本当だぞ。
なので食事は近くの森に行って、自力で調達しなければならない。
井戸はあるし、炎はリューオが炎魔法の使い手なので問題ないぞ。
初日に発覚した時はリューオが「嫌がらせだろコレ! 魔王持っていかれるし、シャルてめぇ喧嘩売られてんだぜッ!?」とキレて門番の精霊族に食ってかかった。
俺はそれも必死に止めたので、心底ユリスが恋しくなったな。
猪突猛進な猛獣であるリューオを軽々踏みつぶせるのは、ユリスだけだ。
けれど俺の苦労とリューオの怒りを前にして、門番二人はちっとも悪気がない様子でキョトンとした。
『私たちは言われたとおりにしているだけです。魔王様は城へ、他は離れへと仰せつかっています。あ、お二方は城へ近づかれぬようお願いしますね』
『そうです。許可のない者を精霊族の尊い城へ入れてしまえば、土地が穢れて神がお怒りになります。精霊族の領地では、こちらのルールに従っていただかないと』
『うんうん。〝水中に入ってはウィンディーノ〟って言いますでしょう? お帰りは自由ですが、馬車はお貸しできませんのであしからず。空を飛ぶと速いですよ』
『風の精霊族、シルフィーならひとっ飛び。おすすめです』
あっけらかんと笑う二人の門番。
もちろんリューオの短めの堪忍袋の尾がものの見事に断絶されてしまったのは、言うまでもないだろう。
精霊族とリューオの相性が悪すぎる。
世界共通の常識ではなく、自分たちだけの常識を語られると、リューオは理屈で納得できずに本能で食ってかかるのだ。
本能も薄らぼんやりしている俺としては、彼らの言い分も納得がいったので異論はない。
城から追い出されているが、無料で宿を貸してくれている。
食料ぐらい自分で調達しないとだろう? うん。問題ない。郷に入っては郷に従えだ。
なのでその時はとにかく魔法陣結界を何十にも重ねて、門番を守るのに魔力が枯渇するまで踏ん張ったのが懐かしい。
ちなみにその時の怒りの名残として、離れの前方は焼け野原だったりする。
裏稼業のドンのようなドスの利いた声で追い込みながら、魔法を連射する勇者とは……。
んん、まあそれも魔族の貴族子息様の恋人らしいかな。
「オイシャルッ? さっさと行くぜ。今日のメシは、オーガディアーの焼肉なッ!」
「上級冒険者が束になってかかるような魔物を食肉用に狩るのか……」
ギンギラと三白眼を輝かせてニヤリと笑い、窓から飛び出す凶悪フェイスの勇者さん。
それを追いかけて窓から飛び降りながら、俺はふむと顎に手を当てる。
彼は間違いなく世界を救うと銘打たれた勇者であり、俺の友人でもあるのだった。
リューオはどこに行っても揺るぎなくリューオだな。安心する。
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