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第280話(sideアゼル)*

 ドゴォンッ! 『ッガァァッ!! っ……俺がトカゲなら、魔王は負け犬だろォがッッ!!』 『五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿いッッ!!』  ビュッ  俺に体当りされたガドは体を逸らして衝撃を逃がすが、かわしきれずによろめく。  それでも諦めず突進してくるガド。  その言葉が耳の奥を突き刺して掻き回すのが苦しくて、俺は力任せに叫び、ガドの身体に鎌をくねらせ振り下ろす。  だがガドはそれすらものともせずに向かってきて、正面から俺の首元に食らいついた。  ドシュッゴリッ 「グゥ……ッウォォォォンッ!!」  ドスッ 「ガ……ッグォォォォォオッ!!」  痛みに声を上げ、息ができないままに俺もガドの首元に食らいつく。  上空で絡みつき血しぶきを上げる二匹の魔物。  黒い狼と、銀の竜。  その間には誰も入れない。  これは血の繋がらない兄と弟の、されど本気の兄弟喧嘩だ。 『! チッ』 『グァ……ッ!』  ジワァ、と全身から高濃度の毒液を滴らせ始めたガドに、俺は背後から鎌を突き刺し、首の肉を噛みちぎって弾かれたように離れた。  ──本気か……ッ!  それは触れただけでも並の魔族なら即死する、そういう殺すことだけに特化した代物。  ガドから溢れたそれが表面を流れ地面へ落ちると、ジュウゥと美しい芝生が煙を上げて溶けていく。  大空を自在に舞うガドに、弱者は近づくことすら叶わない。  近づけば悶え苦しみ、触れれば死ぬ。  だからガドは、死舞魔将と呼ばれているのだ。  けれど、魔王には関係ない。 『……可愛げのねェ魔王だなァ?』  黙って睨み合う中、皮肉げにそう言われ、黙りこくる。  離れる際に食い千切られた首筋は、ものの数秒で回復した。  首を飛ばされると多少時間がかかるが、傷なら軽い。  別に、魔力続く限り回復すると言うのは、他でも見る能力だ。  その中で俺の魔力が桁外れに大きいから、不死身に近いだけでな。  もちろん、細切れになれば死んでしまう。  とは言えいくら状態異常耐性を持っていても、口の中に直接入った死毒は、俺の身体を徐々に蝕んだ。  毒を浴びたが、見た目は無傷である俺。  対してガドの傷は深い。  俺の鎌は切った相手の血液を吸い取る上に、竜の鱗も切り裂く切れ味を持つ。  なのにゆらりと俺の周りを旋回しようとするガドは、引く気配がない。勝つ見込みはないのに。  俺の心臓が耳から出そうなくらい、ドクドクとうるさく鳴り響く。  耳障りで、心臓を止めてやりたい。  あぁ、ウルセェな。  どいつもこいつも、ウルセェ。  わかってる。こんな争い不毛だ。  苛立ちのまま口の中に溜まった血液を地面に吐き出し、ガドにあわせて間合いをはかる。  俺も、引く気にはならなかった。 『可愛くねぇのはどっちだ、あぁ? なにをそんなに足掻くんだッ、人間に肩入れしやがって……! いなくなったんだから、諦めろッ! 消えたものが戻ることはねぇんだよ! 駄々こねてんじゃねぇ、クソガキがッ!!』 『駄々こねてんのはテメェだろォがッ!! だからひきこもってた癖に、こんなトコロまで自分から来たッッ!!』 『!!』  ビクッと身体が跳ねる。  だから、うるさいと言っているだろうが。  怯んだ俺に、尚も言葉の矢が降り注ぐ。 『どれだけ失敗しても、なにも返してやれなくても、ずっと好きだと言ってくれるアイツに会いたかったんだろッ! 記憶のないテメェ自身が、僅かでももう一度惹かれたからだッ! 違うかァッ!?』 『違うッ!! 俺はアイツなんか、これっぽっちも愛してねぇッ!! アイツなんか、いらねぇんだよッ!!』 『黙れッ!! 本当のテメェでかかってこいよォッ!! 命かけて殺し合ってる俺のなにが怖いんだ、アァッ!? どうせ俺に殺されて死ぬんだッ!! 全部さらけ出して惨めにかかってこいッ!!』 『〜〜〜〜ッ!! 口にした言葉は、二度と消せねぇんだよッッ!!』  バキンッ!  ビシッ、と地面に亀裂が入る。  割れた地面の欠片は俺に引きずられるように浮き上がり、俺に近づくと爆ぜた。 

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