「ク、クテシアスっ！？」 「カ、カイトー！？」 　急に数メートルほど吹き飛んだ彼に、俺とウィニアルトは驚愕の表情と悲鳴を上げざるを得ない。 　こらこら、先生にはわからないぞ。 　なにが起こったんだ？　そしてどうしてこうなった。 「チッ。覆面調査をしてよかったってもんだ。やっぱりホイホイ弱者に虐げられてやがる」 　目を白黒させている俺達を尻目に、その凶行の犯人は、クテシアスのそばに歩いていく。 　そしてなにやら文句を言いながら、飛んでいった勢いで気絶したのだろうクテシアスを闇の魔力でもこもこと包んで、傷を癒した。 　癒しているが、すぐに頬を往復でビンタして意識を無理矢理帰還させていた。 　ああ、いけない。 　頬がパンパンだ。おたふく風邪を引いたみたいだ。 「うげぇ……ハッ！　俺はなにを！？」 「うるせぇ。いいか、お前の気持ちを先生がわかっているとかそんなクソみたいなことはどうでもいいんだよ」 「ぐ、ぐぇ！？」 「ただな、お前は俺の気持ちをわかってねぇ！」 　グイッ、と意識の戻ったクテシアスの胸ぐらを掴みあげ、そのまま俺達のいるほうに帰ってくる。 「一週間も魅惑の先生モードと一緒にいやがったくせに文句言ってんじゃねぇぞクソガキがッ！！　返せ俺の一週間ッ！！」 　呪わしく唸る彼こそは、お察しのとおり。 　──魔界一の駄々っ子こと、アゼル・ハウリングその人であった。 　ええと……なんでアゼルが怒っているんだ？　話が長くて焦れたのか？ 　キレたというより不機嫌極まりないアゼルはクテシアスを引きずり、俺達の前にポイッと投げ捨てる。 　地面に落とされ「グヘッ」と呻くクテシアス。 　開いた口がふさがらない俺達を尻目に、アゼルはクテシアスの股間に足を置き、遠まわしに動いたら潰すと脅した。 　混乱したまま青ざめるクテシアスは、見るからに哀れだ。 　しかし苛立つアゼルは、視界を遮る邪魔な前髪をかきあげ、重いメガネをそのへんに放り投げた。 　カシャン、と落下したメガネ。 　顔を隠すためにアレで変装しているんじゃなかったのか。 「あ、アゼル、あれを捨てるとバレるリスクが増し増しだが……」 「ふん、もう変装はどうでもいい。というかあんな楽しそうに日誌書くぐらい若い奴らとの時間が気に入ってんのか、と思って変装しただけで……シャ、先生が、さっき俺はどっちでも好きだって言ったから、その時点でどうでもいいんだぜ！」 「そんな理由なのか」 「後は弱く見せておけば、力に驕って先生に楯突く馬鹿を見つけやすいって魂胆だったんだ。もう獲物は見つけたから、それもどうでもいい」 「そんな理由もか」 　アゼルはクテシアスの股間をグリグリしながら、勢いのままになぜ変装したかを語ってくれた。 　つまり隠れる気はもともとなく、いつもの勘違い暴走が原動力だったわけだ。 　勘違いされると嫌だから改めて言うが、俺は若い子が好きなわけじゃないぞ。 　若さで言えば、人間の俺は子供だからな。 　そして油断を誘うためのもっさりルックだったのか。 　ふふふ……俺はちょっと、可愛いと思うんだがな。 　もふもふしてて、いいだろう？ 「そんなことよりこの逆ギレ馬鹿野郎に、俺がお説教を噛まさなきゃ気がすまねぇ！」 　意外と触り心地のいいカツラのことを考えていると、アゼルはガオウと吠えた。 　馬鹿と言ってはいけないとライゼンさんに言われているはずなのだが、構わないようだ。 　弱肉強食の頂点に君臨する駄々っ子は、クテシアスなんて目じゃないくらい自分論を振りかざす。 　曰く、俺は王様だからいいんだよ、である。 　清々しいほどのジャイアニズム。