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第369話
「アゼル」
「! ん、んっ?」
「暴走した魔法陣にたどり着いてから、どうしたか教えてあげてほしい」
全く二人のお説教には興味がない様子で俺の腰をなでるアゼルに、不意に声をかける。
突然声をかけられたアゼルはビクッ! と肩をはねさせ、小首を傾げた。
大丈夫だ、お前を叱るわけじゃない。
なぜ無傷なのかわかってもらうためなんだ。
「あぁ……? ちょっと適当にしたから、あんま覚えてねぇけど、確か……なんか魔法陣が気持ち悪かったから、抑えつけた。爆発寸前だっただろ? クソガキ二人に魔法攻撃耐性つけるの優先したから、陣の魔力届く範囲で奪ったんだよ」
「ふむふむ」
「後は……あ、霧散の魔法陣で元の出来損ないを上から覆っといたぜ。今、暴走した魔力の破片漂ってねぇだろ? 散らしておいた」
「うん、ありがとう」
「ふっふぅ」
俺の言うとおりに説明してくれたアゼルのもっさりとしたかつらをなでる。
アゼルは変な声を出してそっぽを向いた。
それはさておきだ。
「ゴホン。このように……お前達が無傷なのは、たまたま近くにチートな体験学生がいたからなんだぞ? 未熟な俺一人だったら、二人を無傷では助けられなかった。痛い思いをするところだったんだ、わかるか?」
「は、はぁい~……」
「こいつ化物かようあっ!?」
しゅんとして肩をすくめるウィニアルトに対して、違う着眼点に気を取られているクテシアス。
彼には必殺デコピンをもう一度食らわせる。
話はちゃんと聞くものだ。
要するにだな。
アゼルがいなければみんな木っ端微塵だったかもしれないというわけで、その危険性をきちんとわかってもらわなければならない。
俺は厳しい口調でクテシアスを睨み、されど怒鳴りつけたりはせずコンコンと語る。
「クテシアス、お前は授業中の先生の話を聞いていなかったな? 大きな魔法陣は精密性に欠けるから実用的ではないと言っただろう?」
「ぅぐっ」
「それをまだ見ながら書く覚えたての段階でするなんて、暴走するに決まっているじゃないか。好奇心は猫を殺すんだぞ」
「ぐ、ぐ……っ!」
「お前は優秀だが、迂闊だ。それはよくない。命をかけるところは、間違えてはいけないのだ。わかるな?」
いけないところはキチンと叱る。諭す。
若さ故の過ちで死んでしまっては元も子もない。
悪ふざけは死なない程度に。
命懸けの勇気なんて、なにかを守るための戦場以外、振り絞っちゃダメだ。
「基礎を覚えてからステップアップを目指していけば、お前はもっと強く……」
「〜〜〜ッうううう! っせ、せんせぇは俺の気持ちをわかってねぇ~っ! 俺だって好きで暴走させたわけじゃねぇよ!」
しかし俺なりにいけないところを指摘すると、クテシアスは地団駄を踏みながら唸り声をあげて叫んだ。
俺は驚いたが、文句は言わずに黙る。
「俺には大きい魔法陣を書かなきゃなんねぇ理由があったんだ! そもそも、迂闊だろうがチャレンジしないと成長しないだろっ!? 一度の失敗で俺を推し量るなんて、ナンセンスだってのっ! 大事なのはなぁ、理屈じゃなくて気持ち!」
「ん」
感情が高ぶっているクテシアスは、怒りで顔を真っ赤にして、食ってかかった。
由緒正しい強力な魔族の家系である彼は、あまり叱られたことがなかったのだろう。
本人も優秀だったので、こんな大きな失敗もそうはなかったのだ。
「それを終わったことを蒸し返して、そんなにガミガミ言うこたないだろぉ! 過去は変えられないし、やっちまったもんはやっちまったの! もうしねぇからいいじゃね~かっ!」
「ん」
「しかもさぁ、理由はなんでも俺達は無傷で無事なんだぜ!? 一週間しか一緒にいなかったくせに、上から俺を偉そうにしかんなばぁか! 堅物クソ真面目ばぁかっ!」
「人にバカって言ったらだめだってライゼンに教えてもらわなかったのかテメェ」
──バキィッッ!!
「グアァッ!?!?」
「ん?」
突然だ。
抑揚の少ない声が聞こえたと思ったら、思いの丈を感情のままに叫んでいたクテシアスが、俺の目の前から消えた。
そしてドゴォォォオオォンッ!! と大きな衝突音と土煙が上がり、近くの大木に向かって吹き飛んでいったらしいなにか。
もとい、消えたはずのクテシアス。
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