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第569話(sideキャット)
いや。いやいやいや。
安心しきった母性溢れる笑顔で歩み寄ってくるけども、一旦待ってくれ。
俺が殺されかけた精霊族の軍事のトップをゴミのように引きずっているのが、魔界宰相であるライゼン様なわけがない。
「ん、もしかしてキャットは怪我をしているのでしょうか? ……チッ。もう少し焦がしてやればよかったな。俺の主が信頼する者は少ないというのに」
一瞬笑顔が消え失せてなにか呟いていた時のオーラが黒いなんて、ライゼン様なわけがない。絶対わけがない。
し、信じないぞ! あんな細腕で、ライゼン様より体格がよく意識のないジファー様をズルズルと……!
俺は殺されかけたのに、あんまりだ。嘘だと言ってほしい。
そっと無言でゼオ様の肩に手を置くと、ゼオ様は無言で俺を見返し、特に驚くこともなくコクリと頷く。
「以前対応したのもあの人です。宰相様は不死鳥ですので、精霊族寄りの魔族ですから……彼らの特殊な戦闘方法には慣れています」
「そんな馬鹿な。俺の目がおかしくなったんですよね?」
「貴方がおかしくなったのは頭だけでしょう?」
俺より一つ世代が上であるゼオ様は慣れた様子で「昔からああですし。前線に出ることはほとんどありませんが、彼は殺さないで無力化するのが飛び抜けて上手い」と続けた。
うぅん。陣地防衛に尽力していた俺は、魔王様と行動し、戦局に合わせて補佐していたライゼン様の敵対モードを知らない。
俺が殺されかけながらジファー様と戦っていたあの濃厚な時間はなんだったのだろう。
結構な啖呵を切っていたし、魔王様への見解や自分に向けられた信頼に気づいて、なんというか、こう……とってもシリアスな時間だったと思うのですが……。
副官が数名集まってやっと長官とやりあえる戦闘力。
その長官の誰にも負けたことはないから、ライゼン様はいつも彼らに指示を出せる。
「こ……怖ぇぇぇぇぇ……っ!」
「ふぅ」
そうこうするうちに目の前に到着したライゼン様。
間近で見てわかったが、なんだかジファー様が黒焦げだ。足のあたりが焦げている。
──あぁ、死なないように端っこからこんがりしたのですか? こんがりしたんですね?
だから支配空間が維持できず、俺たちが出てこれたのですね?
「さあキャット。突然の不利な戦闘にも関わらず、精霊族に跪かずに、よく足掻きましたね」
そう言ってライゼン様は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、俺の頭をポンとなでてくれた。
途端──カッ! と俺は目を吊り上げる。
「気安く触るな無礼者めがぁぁッ!」
(意訳:すみません守れませんでした焦がさないでくださいぃぃっ!)
「はい?」
「大丈夫です。持病の発作です」
焼け焦げた敵を引きずる一面を見てしまうなんて、俺の悪い癖こと緊張モードが初めてライゼン様に発動してしまうのは、当然の結果であった。
笑顔のまま首を傾げるライゼン様にゼオ様がフォローを入れてくれる。
うぅぅ、ありがとうございます。でもわざとじゃないんです……!
防御一徹なグリフォールの防衛本能なんです……!
「素直なキャットから聞こえた言葉として、全然意味がわかりませんが……とりあえず治癒魔法をかければ治りますね」
「たぶん治りませんけどずっと抱えているのも飽きてきましたので、サクッとお願いします」
「かわいそうに、霊法にあてられたのでしょう……。あ、ちょっとコレ邪魔なので少々お待ちください。炎、獄炎牢」
ライゼン様が魔法を使うと、ジファー様の体が炎の檻に閉じ込められ、フワリとライゼン様のそばで浮遊した。
そして魔法を使ったのと同じ手で、俺の頭を再度なでなで。
「回復してさしあげますね」
「与えられた任務だけを断固遂行するのだッ!」
(意訳:ひぇぇ、うっかり燃やさないでくださいねっ!?)
──こうして。
翼が燃えて逃げ出せない俺の戦々恐々とした絶叫が、夜の中庭に響き渡った。
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