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第594話(sideアマダ)
──神殿前・広場。
本来なら明るい時間帯に執り行うはずだった儀式が、トラブルにより月の昇る時間帯へとずれ込んでしまった。
風の向くまま気の向くままに生きる精霊族とはいえ、信仰は違う。行動の指針だ。
失敗は許されない。儀式の成功が、精霊王としての大きな仕事。
千年に一度のたいへんな儀式であるから、わざわざトラブルシューターとして魔王に助力を願ったのだ。
にも関わらず、トラブルは起きてしまった。
極秘の儀式故に遠ざけていた魔王の妃であるシャルが、護衛を引き連れ会場に乗り込み、儀式に必要な祭事具を破壊したのである。
どうやって城の中央へ入ってきたのかはわからない。
精霊城は外からは見えないように霊法が掛かった特殊な城で、人間がかんたんに侵入できるはずはなかったのに。
だがその謎を解明する時間はなかった。
壊れた祭事具を補修し、とにかく儀式を行うことを最優先に考えねばならなかったからだ。
いつもはこういう時、政治を担当するセファーが案を出して、解決してくれる。
会場で侵入者が暴れるなら、軍事を指揮するジファーが前に立ち、ことを収めてくれる。
けれどどういうことかジファーは姿が見えず、セファーは会場の補修の指揮にかかりっきりだ。
アマダとてそれらの管理に追われていたので、他には手が回らなかった。
ただどんなに忙しくてもシャルの言ったことが頭に残り、顔色が曇る。
怒りのような、悲しみのような、処理しきれない気分になる。
シャルは、アマダを否定するからだ。
アマダにそんなつもりはなかった。
きちんと説明しているのに、シャルはアマダの痛い部分を的確にいたぶる。
酷い話じゃないか。
離れを訪ねて話をした時は、シャルはあたかも自分が被害者のような顔をしていた。
まるで善人であると語るように、恋敵であるアマダを受け入れる素振りをする。
アマダがどれだけ魔王を想って正しいことを説明しても、シャルは頑なにワガママを言い張るのだ。
その発言のたびに魔王の名前を出されて、アマダは何度も胸が痛くなった。
アマダはシャルの二倍も前から想っている。
魔王のために精霊王にもなり、他種族で男である自分を嘆きながらも、想い続けていた。
もちろん、シャルの存在を知ってからも無理を通す気はなく、譲ってもらえないなら身を引こうとしたじゃないか。
なのにシャルは魔王に愛され、仲間に愛され、そして穏やかな善人を気取り、思い出話を語る。
アマダは懸命に笑ったが、表情や涙に悲しみが溶けてしまった。
ずっと昔から共に支えてくれているセファーにはバレてしまい、あの日の夜は慰めを求めたほどだ。
求めた存在が手に入らない悲愴は、精霊王だろうと一人では耐えられない。
儀式の段取りが整ったことを確認しながら、アマダは自嘲気味に笑った。
そんなアマダを、王兄であるガルが広場の隅から見つめている。
いつものことだ。
優秀な兄だったが、精霊族の中でもいっとう個人主義である。
ガルに嫌われていると思っているアマダは、その視線の意味は特に考えず、仕事を進めた。
このように、根底に愛を求める心があるアマダは、しばしば他人の感情を都合よく取ってしまうところがある。
寂しげに笑っていればセファーやジファー、司祭たちや兵が気にかけてくれるからだ。
それは無意識の行動だった。
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