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またあうひまで 【完】
「今日はみんなが俺に幸せを詰め込んだから、目から溢れたみたいだ」
「幸せすぎると泣くのか? でも毎日泣かせるとすると、俺はハラハラするぜ」
俺の言葉で真剣にそう言うアゼルは、毎日俺をめいっぱい幸せにする気らしい。
そんなことをしたらアゼルが記憶をなぞった時、俺の泣き顔ばかり出てくるじゃないか。それはいただけない。
絡めた指をぎゅっと強く握ると、アゼルは頬を赤くしてむっつりと黙り込んだ。
いつまで経ってもアゼルは照れ屋さんだ。体が触れている背中が熱い。
「アゼル。俺はお前の幸せを願って、できるだけのことをしてきたと思っていた」
「してきただろ。お前のおかげで、俺は愛する人の唯一無二になる幸福を知ったんだぜ」
「アゼル。それは俺も同じだ。お前の幸せを目指した俺を、お前が同じように愛したから……お前が俺の幸せを望んだから、気がつけば俺も、同じく幸福の中にいた」
優しい声が出た。
そうなのだ。
俺はアゼルに幸福あれと喜び勇んで愛していたのに、アゼルはそれを丸ごと俺にしている。
幸福になったアゼルは周りに幸福を還元した。
還元された人たちはアゼルの愛する人である俺も、同じく愛してくれた。
奇跡のように巡るのだ。
アゼルの幸せを願っていただけで、俺は幸福の絶頂で幸せすぎると泣いている。
絡め合わせた滑らかな指に、生暖かい金属の感触があった。
自分のそれと触れ合わせると、微かにカチ、と音がする。
「絶望から幸福の頂きにエスコートされるなんて、思わなかったな。俺は今、満ち足りている」
「ん……」
じっと見つめてへらりと笑うと、それだけでアゼルは俺の唇を塞ぎ、触れるだけのキスをした。
チュ、と軽いリップ音が鳴り、少し唇を離す。
至近距離で見つめ合うと、アゼルも嬉しげに笑みを浮かべる。
「満ち足りた俺が選ぶのも──やっぱり、アゼルただ一人だけらしい」
「ふっ、とっくに知ってるぜ」
「ふふ、バレたか」
じゃれ合うようにキスを繰り返した。
アゼルが唇を舐めれば、俺も舐める。
頬を擦り合わせ、声を潜めて笑う夜。
長い──永い、夜。
これは俺たちの心を料理した、世界に一つだけのフルコースディナーである。
値段は未定。
お味はいかが?
さぁ、全て平らげてくれ。
一皿目はどうだったかな。
飾らないいつもの日常を。そのままの優しい味わいを。
二皿目はにぎやかで濃厚。
三皿目は変わり種の舌触り。
四皿目は少々苦かっただろうか。
五皿目はクールでドキドキ。
六皿目は桃色のスウィート。
七皿目は刺激的でスパイシー。
八皿目は甘く深い味わい。
九皿目はしょっぱいけれど後味は愛しい。
十皿目はおもしろい食感だ。
十一皿目は青春の甘酸っぱさ。
十二皿目は初めて出会うまろやかさ。
十三皿目はあべこべの甘辛さ。
十四皿目は不思議な風味。
十五皿目はボリューミーで、平らげるのがたいへんだったかもしれないな。
そして最後の一口まで。
当店自慢のフルコースを、どうか味わっていただきたい。
最後の一口。
この一粒の涙の味は、これまでの幸福をかき集めて雫にした味なのだ。
あなたの最後の一口が、幸せでいっぱいになりますように。
俺たちの心のフルコースが、幸せでいっぱいだったと、誰かの舌に残りますように。
味わい尽くしていただければ、きっと記憶だけしか遺せない俺たちの心は、あなたの胸で熱を帯び続けるだろう。
「今夜も、そしてこれからも、お前の愛は唯一無二のスペシャルディナーだ」
「ふふ、俺の愛は重たいぞ? 食い尽くすには、生涯かけても足りないかもしれないな」
全てを食べ尽くした後は、カトラリーをテーブルに置いて、愛する人と見つめ合い、頬を綻ばせる。
それでは、お手を拝借。
「ふふん、望むところだ。空にするまで、ちゃんと俺のそばにいろ」
「喜んで」
「シャル、俺はお前を愛してるぜ」
「アゼル、俺もお前を愛している」
本日のディナーは勇者さんです。
おかわり。
──ごちそうさま。
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