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第613話
──それからしばらく経ってみんなが集まり、ケーキ入刀式を開始。
もちろん、思いつきで始めたケーキ入刀式は大盛況だったとも。
家族三人ナイフを持って、せーので切ったケーキは、みんなで分けて食べたのだ。
ライゼンさんも、ユリスも、リューオも、ゼオも、キャットも、マルちゃんも、マルオたちも、黒人狼たちや竜人三人組、通りすがりのトルンや、訓練中の軍魔たちにまで。
抱えるくらい大きいケーキも、一人分はほんの一口になってしまった。
それでもみんなフォークを持って、この一部屋に集まり、誰しもが笑っている。
しかしその後。
いただきますをした時のことだ。
ベッドに腰掛ける俺をタローといっしょくたに抱き寄せ、アゼルはそっぽを向きながら俺にその一口を差し出した。
『ん』
『? いらないのか?』
『馬鹿野郎めっ。……これは食うと、絶対幸せでホコホコする。わかってるから、これをシャルにやる』
『っそ、むぐ』
『おぉ〜っ、私もあげるっ』
『もがっ』
驚いている隙の口にケーキを突っ込まれ、反応する前に真似をしたがったタローが追加を突っ込んだ。
するとそれを見ていたマルちゃんが、にまーっと笑って、更に俺の口へ追加投入。
『むふぁ』
『ふふー! 俺っちのもあーげるっ』
これがきっかけで、どうしたことか俺の前に並び始める魔王城のみんなは、みんながみんなフォークを差し出す。
『ふんふん? なーら当然俺もシャルにあーんをするぜ〜。ほれ、イチゴは二個だもんよ』
『それじゃあ、私もシャルさんへ幸せをお贈りしたいですね』
『じゃ、俺のもやるわ。俺ァ人間国からテメェをおっかけてここに来たしなァ?』
『仕方ないね。僕のもあげるよ! まさか、受け取らないなんて言わないでしょ?』
『! はい! 僭越ながら不肖の弟子である俺も、シャル様にあーんをさせていただきたいです!』
『あぁ……そういう流れか。なら俺も、普段吐かされてる糖分を味わわせて差し上げましょうかね。ほら、もっと大きく口を開けられるだろう?』
『キキキッ! マルオ、シャルニナマエ、モラッタ! マルオ、マルオニナッタ! アーン、シテモイイカ? ダメカ?』
『おおっとォ! 初対面でうっかりしたこの俺、アリオを忘れてくれちゃ困るんだぜ!』
『うっかりした俺、オルガもだぜ?』
『うっかりした俺、キリユもだぜっ』
『『『あーん!』』』
怒涛のあーんの連続に、俺の口元はクリーム塗れで、胃の中は凄いことになってしまった。
けれどそのたびにアゼルがクリームを舐め取り、タローが紅茶を笑顔で差し出す。
どうしてだろうな。
こうしてケーキ入刀式は俺への餌付け式に変わり、幕を閉じたのだが。
夜になって帰ってきた日常の似非川の字になっていると、俺はなんだか今日を思って、泣きそうになってしまったんだ。
本当に、どうしてだろう。
俺の腕の中にはすーすーと寝息を立てる愛おしい娘がいて、俺を抱きしめる腕は愛おしい伴侶のもので。
タローは俺の未来なのだ。
アゼルは俺のこれまでの全てなのだ。
だから、だろうか。
「シャル、シャル……どうした? なんで泣く……?」
「ん……?」
スゥ、と目じりから零れた一筋の雫に真っ先に気がついたアゼルが、俺を抱く腕の力を強くした。
言葉はそれだけでも、心配しているのがわかる。
頭に擦りつくアゼルは、どこか痛いのか、なにかあったのか、とオロオロしているのだろう。
アゼルはあまりに人らしい魔王だ。
だからこそ、愛おしいと思う。
俺はそんなアゼルが孤独から脱して、あんなにたくさんの仲間に囲まれていたことに、感動していたのかと思った。
だけど違う。
この涙は──俺の幸せ。
俺は一粒以上流れない涙を瞬きで拭い、口元にゆるりと笑みを浮かべた。
振り向くと、覗き込んでいたアゼルと目が合う。
綺麗な瞳だ。アゼルのオニキスの瞳に夜の光が反射して、星の降る夜に見える。
腰に回った手に自分のを触れさせて指を絡めると、アゼルは悲しいわけではないと理解し、仄かに目元を弛めた。
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