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第612話
「うん。うん。わかったぞ。よしよし」
渋い顔でコックリと頷く俺に、返事を期待する目が二対。
脇目も振らず一人反省会をしているのが一人。
ではいざ、尋常に。
カッ! と目を開いた俺は、まずアゼルに手を伸ばし、頭をポンとなでた。
「はぅあっ!」
「とりあえず俺は怒っていないから、アゼルは手足をもぐのはやめるんだ。今日はおやすみ」
それからよっこらしょ、とガドの上を失礼して、硬直したアゼルの耳元に唇を寄せる。
そしてチュ、と耳たぶにキス。
「俺の旦那さんは、世界一素敵だ」
「…………」
よし。黙ったぞ。
沈黙して安らかに戦闘不能となったアゼルから体を離して、俺はふむと頷く。
俺はいつでもアゼルの望むことを言うのに、アゼルは言ってほしいと言えないのだ。
仕方ない。それがアゼルだからな。
……ガドはもう少し、笑いをこらえるのを密かにしたほうがいいぞ。
続いてタローの頭にポンと手を当て、そのままよしよしとなでる。
「他のみんなも忙しくなければ、あとで顔を出せるか手紙で聞いてみようか。算数ドリルの丸つけは、その後にしよう」
「! おてがみ! おとーさんっ、ドリルね、私頑張ったよ〜! パパにも見せるっ」
「ふふふ。楽しみだな。タローの笑顔は、毎日はなまるだぞ。流石俺のかわいい娘だ」
「ふほぁっ! ……ふへっ」
思ったことをそのまま伝えてほっぺをうりうりと両手で挟むと、タローは途端にりんごほっぺでにへらと笑った。
うん。かわいい。
騒動を経て以来、俺たちの呼び名がまおちゃんとシャルからパパとお父さんに変化した。
今までもニアミスしていたが、はっきりとブレなく呼んでいるあたり、吹っ切れたらしい。
そんなタローは、毎日素敵。
素敵なキラキラタローを、俺もアゼルも愛している。
ちなみにただ話を聞いて俺なりの返答をしているだけなので、俺は二人が愛情過多でノックアウトしていることなんて、気がついていない。
それをサイレント大爆笑で楽しんでいるガドの頭を、最後にポン──とは、なでず。
角の付け根をグリグリと両手でくすぐると、さしもの空軍長官もあうあうと鳴くだけのかわいい銀竜である。
「ぁう、あうう、う」
「ガド。今日はアゼルお疲れ様のデロデロ甘やかしタイムなんだ。あまりいじめると、デコピンだぞ?」
「んっんっ〜、あうぁ〜」
「イイコに座って待っていられるなら、イチゴは二つ乗せてあげよう」
「む、むぅん、俺はイイコだぜぃ」
ほいさ。これでよしだ。
最難関を大人しくさせることに成功した俺は、イイコなガドの頭をよしよしとなでた。
まだまだ人が来るというのに、たった三人でこの騒がしさか。
魔王城はおもしろおかしいな。ふふふ。
(っと、忘れちゃいけない)
ケーキ入刀のためみんなを呼ぶ手紙を書こうとしたが、その前にもう一つ。
「ん。イイコ」
「…………」
俺はアゼルの頭をポンポンとなでてから、空の手紙を取り出す。
アゼルの前で他を愛でるなら、ちゃんとアゼルも愛でないとヤキモチをこんがりと妬いてしまうのだ。
旦那さんの気持ちをよくわかっている俺は、これを欠かしてはいけない。
アゼルがタローの影で「アイツ、年々俺を悶絶させるのが上手くなってやがる……っ」と震えていたのは、俺の知らない話であった。
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