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第1話

 ガタガタと、不規則に大きく揺れる馬車の荷台は、重い沈黙に包まれていた。  それもそのはず。荷台で膝を抱える、まだあどけなさの残る少年少女たちは、これから見ず知らずの貴族の元へ送り届けられるのだ。  二十歳になったばかりのリヴィオも、その一人。  貴族の元、といえば聞こえはいいが、そこで待つ生活が決して平穏なものではないことを、リヴィオを含め全員が知っている。  何故ならこの荷台に居る全員が、『欠陥品のΩ』だから───。  この世界には、男女の性の他にもう一つ、α・β・Ωからなる第二の性がある。  αは生まれつき知能や身体能力が優れ、容姿にも恵まれており、国の重鎮や上流階級の約半数をこのαが占めている。それでもαは全人口の一割強ほどしかおらず、大半はβ性だ。  そしてそんなαより更に数が少ないのが、リヴィオと同じΩ。唯一、男女共に子供を産むことが出来る希少な存在で、その数は人口の一割にも満たない。  何故、Ωだけが男も子を宿すことが出来るのか。そもそも第二の性は、いつから存在しているのか。  この世に生命が誕生したときからなのか、それとも突然変異によるものなのか。  各国の学者たちはこぞって研究しているが、いまだに明確にはわかっていない。  ただ、最も希少な存在であるΩは、国によって厳重に管理されている。  全ての人間は、十歳で第二の性の検査が義務付けられている。Ωの場合、早ければ十代半ばで特有の発情期を迎える為だ。そこでΩと判明すれば、強制的に親元から離され、保護施設へと収容される。 『神のゆりかご』なんていう仰々しい名前のその施設は、表向きは「保護」なんて謳っているが、実際はαの子孫を産む為の人材を確保する機関に過ぎない。  発情期を迎えたΩは、繁殖の為、施設の選んだαの元へと送られる。血筋の良いΩほど、良家のαの家系に迎えられる確率が高い。そうなればΩとはいえ、その後の生活もそれなりに保障される。  だが、問題は受け入れ先のないΩだ。  身元が不確かな者、貧しい家系の者、繁殖能力が無いと判断された者……。それらのΩは、『欠陥品』として、繁殖目的ではない貴族層の元へ送られることになっている。リヴィオも、その内の一人だ。 『神のゆりかご』では、二十歳になっても発情期を迎えていないΩは、繁殖能力に欠けるとみなされる。大半のΩは、十代半ばから後半にかけて発情期を迎えるのが一般的だからだ。リヴィオはひと月前に二十歳の誕生日を迎えたが、いまだに発情期が来ていない。  それならどうして、せめて親元へ返してくれないのかと思っていたが、『神のゆりかご』がΩの引き受け先から多額の金を受け取っていることを知ってから、リヴィオはこの世の全てに絶望していた。  例え位の高い名家に迎えられようと、悪趣味な貴族に引き取られようと、Ωには所詮自由がない。  中には迎えられた先のαと心を通わせ、番になるΩも居るようだが、『神のゆりかご』という名の牢獄にすら見放されたリヴィオには、そんなもの、壮大な夢物語でしかない。  Ωと判明すれば最後、共に過ごした家族とも引き離され、そこから先は体良く国に利用されるだけの存在なのだ。  今朝方、『神のゆりかご』を発ったリヴィオたちの乗る馬車は、港町へと向かっていた。  馬車に乗り合わせたΩたちの『主』は、皆海を渡った先に居る。  リヴィオの主は、海の向こうの大陸で田舎町の領主を務める貴族だと聞かされている。名前も教わったけれど、長い上にそもそも興味も無かったので忘れてしまった。  知らない土地。知らない主。  繁殖能力がないとみなされたΩが、そこでどんな扱いを受けるかなんて、考えたくもない。  かといって引き渡されることを拒めば、そのΩ自身は勿論、家族までもが国への反逆者として扱われ、真っ当な生活が送れなくなる。  ときには見せしめのように、そんなΩの末路を『神のゆりかご』で叩き込まれる内に、自我を失ってしまうΩも少なくない。それでも繁殖能力さえあれば、Ωはαの血筋を受け継ぐ為に生かされ続ける。  けれど子供が産めるのならばまだマシだ。  十歳のときに離されてしまったが、リヴィオの母は愛情深い人だった。両親は共にβだったから、リヴィオがΩだとわかったとき、夜通しリヴィオを抱き締めて泣き続けていた母の嗚咽は、今でも耳に残っている。  リヴィオもせめて子が産めたなら、主はともかく、生まれた子供には愛情を抱けたかも知れない。なのに、Ωに生まれたリヴィオは、結局Ωとしての役割すら果たすことが出来ない。  別れを惜しんでくれた母の涙も、無駄にしてしまった。  ならば自分は、この先なんの為に生きていくのだろう。  顔も名前も知らない、金でリヴィオを買った主の為? そんな人生に、一体なんの価値があるのか。  いっそ主の元へ向かう船に乗る前に、海にでも飛び込んでしまおうか。海に出てから、船から飛び降りるのもいいかも知れない。  幼い頃、両親に連れられて行った港町の市場からしか、リヴィオは海を見たことがない。本の世界でしか知らない大海原とやらに身を投げる方が、よほど有意義ではないだろうか。  そんな投げやりなことをぼんやりと考えていたときだった。  けたたましく馬が鳴く声に続いて、ガタン!、と一際大きく揺らいだ馬車が、突然急停止した。  荷台で俯いていたリヴィオたちの身体も激しく左右に揺さぶられ、皆揃って顔を上げる。  この辺りで唯一海に面している港町までは、まだ暫くはかかるはずだ。 「なんだ、何があった!」  監視役として『神のゆりかご』から付き添っていた男が、幌を捲り上げて御者に声を張る。 「じゅ、獣人です……!」  馬たちの嘶きに混ざって、怯えた声が返ってきた。

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