8 / 8

最終話

 痛いほど強く抱き締められて、身体の中で燻っていた炎が一気に燃え上がる。  リヴィオの唇を割って滑り込んでくる、細長い舌。応じるリヴィオの舌に時折触れるルカの歯は、人間よりも鋭く尖っている。  ルカの手が、リヴィオの身体に巻かれた布を肩から滑り落としたところで、ポタリと裸の肩に水滴が落ちてきた。てっきり海から戻ったルカの身体から落ちてきたのかと思ったら、どうやら空から降ってきたものらしい。揃って天を仰いだリヴィオたちの身体に、立て続けに雨粒が降ってくる。 「リヴィオの寝床があって良かった」  軽々とルカに抱き上げられ、樹皮の屋根に覆われた質素な寝台へ運ばれる。元々リヴィオ一人の為に作られているので、細身とはいえ長身のルカが覆い被さってくると、寝台が悲鳴のような音を立てて軋んだ。 「……壊れないかな」 「それより、リヴィオは自分の身を案じた方がいい」  苦笑するルカに、今度こそ身体から布を取り去られた。  ルカは日頃から腰布一枚しか纏っていないし、お互い男同士な上に二人きりというのもあって、裸を見られるのはなにもこれが初めてというわけじゃない。けれど、改めてじっくり眺められるのは、やっぱり気恥ずかしいし緊張もする。発情期の所為で、リヴィオの雄は既にしっかり芯を持ってしまっているから余計だ。 「人間の肌は、色が変わるのか」 「え?」  ルカの視線を辿ると、いつも覆っていなかった腕の日焼けを興味深げに見詰めている。 「ずっと日に当たってると、日焼けして色が濃くなるんだ。いつの間にか、こんなに焼けてたんだ」 「なるほど。だから、ここは白いのか」  ツ…と長い舌が、辿るようにリヴィオの胸を舐め上げる。 「あっ……!」  不意打ちにビクッと背を震わせるリヴィオの反応を窺うようにしながら、ルカは胸の先端へ舌を這わせる。初めて与えられる刺激に、ジンジンとそこが疼いて、頭の芯がぼうっと痺れてくる。 「ル、カ……っ、そこ、ばっか、嫌だ……っ」  交互に舌で愛撫された左右の尖りが、ぷっくりとその存在を主張していて恥ずかしい。まだ一切触れられていない下肢も、もう痛いくらいに張り詰めている。 「リヴィオ。悪いが、うつ伏せになってくれ」 「え……?」  ルカの意図がわからないまま、リヴィオは言われた通り、狭い寝台の上で身体を反転させる。すると、ルカの腕に腰を引き上げられ、尻を突き出す格好にさせられた。 「ちょっ、ルカ───ひ、ぁ……っ!」  こんな格好嫌だ、と訴える前に、尻の窄まりに何かが触れた。それがルカの舌だと気付いたのは、その先端がぐにゅりと体内に入り込んでからだった。 「や、待っ……! そ、んなとこ……あっ」 「俺の手では、リヴィオを傷つける。これしか解してやる術がない」  一度引き抜かれた舌が、再びリヴィオの中へ押し入ってくる。  自分でも触れたことのない場所を、あろうことかルカの舌で嬲られている。  そんな場所を弄られるのも、ましてや中を探られるのも生まれて初めてなのに、不思議と痛みも不快感もない。それどころか、まるで「もっと」と強請るように、勝手に入り口がルカの舌を締め付けてしまう。  そんな浅い場所じゃ満足出来ない。もっと深くまできて欲しい。  パタパタと、リヴィオの先端から欲が滴り落ちる。  本能を抑えられないなんて、やっぱり嘘だった。こんなときまで紳士なルカが、今はちょっと恨めしい。これじゃあリヴィオばかりが、卑しく欲しがっているみたいだ。 「ルカ……っ、も、いいから……」 「少しでも、苦痛を減らしたい」 「そうじゃなくて……! もう、舌じゃ足りない……」 「……っ」  小さく喉を鳴らしたルカが、勢いよく舌を引き抜いた。 「あっ、あ……!」  衝撃で達してしまったリヴィオの腰が、大きな手に荒々しく掴まれて、肌に鋭い爪が食い込む。絶頂の余韻に浸る間もなく、リヴィオの体内に硬い熱塊が捻じ込まれた。 「ああっ!」  悲鳴を上げたリヴィオの背に、ひやりと冷たいルカの身体が圧し掛かってくる。 「リヴィオ。俺は、優しくも、紳士的でもない。獣人にも人にもなれない、ただの獣だ」  低い声で唸るように言いながら、ルカがリヴィオの最奥を何度も穿つ。突き上げられるたびに視界が揺れて、寝台の縁にしがみつきながら、リヴィオは涙を零した。  苦しいわけでも、怖いわけでもない。ずっと優しかったルカが、ようやく初めて、「寂しかった」と言っている気がしたからだ。  ルカがただの獣なら、リヴィオはもうとっくに喰われている。  この激しい感情を、ルカはこれまで誰にもぶつけることが出来なかったのだと思うと、胸が詰まって苦しかった。 αに生まれたから、恵まれているとは限らない。 貴族の元で立派な屋敷で暮らすΩが、幸せだとも限らない。 「っ、ルカ……顔、見せて……」 「何故だ。獣の顔など───」 「獣じゃない。ルカの顔だよ。大丈夫だから、ちゃんと見せて」  肩越しに振り返ったリヴィオの身体を、繋がったままルカがぐるりと引っくり返す。中が擦られてまたリヴィオの先端から欲が散ったけれど、構わずルカの背に腕を伸ばした。  まだ濡れているルカの髪が、パールのように淡く輝く。感情に左右されるのか、大きく開いたエラも、熱を帯びて水面みたいに揺れる銀の瞳も、リヴィオが憧れていた大海原と同じ青い肌も、全てが綺麗だ。  初めてここへ来たときからきっと、リヴィオはルカとこの入り江に恋していた。 「ルカ。ここに居てくれて、ありがとう」  口づけを贈ったリヴィオの頬に、パタリと雫が降ってきた。雨漏りかと思いきや、今度はルカから零れた滴だった。ルカの眦から静かに伝う涙を、そっと唇で拭う。 「……リヴィオ。俺は、母のように首飾りを贈ることは出来ない。だから、代わりのものを贈ってもいいか」 「ルカがくれるものなら、何だっていいよ」  答えたリヴィオの項に、ルカは生涯消えることのない首飾りを刻んでくれた。  どうして第二の性なんてものがあるのか、リヴィオにはわからない。けれど、Ωは種族の壁も性の壁も超えて、子を宿すことが出来る。  もしも神というものが存在するのなら、Ωは異なる種族や性を繋ぐ架け橋になるべく生まれたのだと、リヴィオは思いたい。  今はまだ、種族間の隔たりも、第二の性による格差も根強いけれど、いつの日か、人間も獣人も、全ての命が等しく自由に生きられる世界になればいい。  雨音と波音に包まれた、二人ぼっちの幸せな入り江で、リヴィオは愛しい獣人を抱き締めながら願うのだった。   ◆◆◆◆◆ 「ルイ、リル! ご飯だよ!」  はーい、と答えた幼い兄妹が、すっかり仲良くなった『友人』たちに別れを告げて、入り江の奧へと引き返していく。  獰猛な鮫の群れに阻まれて、近づくことすら出来ない小さな入り江。  だが不思議なことに、時折鮫の群れに混ざってはしゃぐ幼い子供たちの姿が目撃されることから、そこはいつしか『ゆりかごの入り江』と呼ばれるようになっていた。

ともだちにシェアしよう!