15 / 21

第15話

 家に帰ると、朱音さんはいませんでした。  また出かけているみたいです。  小生は、空薇の世話を一通りし。  少し疲れたので眠ることにしました。  小生の隣で、空薇はすぅすぅと寝息を立て、眠ります。  とても幸せです。  暖かい日差しが気持ち良く、外では小鳥が囀ります。 「空薇……。あなたは、朱音さんのようにならないでね」  そして、小生のように酷い目に遭わないでほしいです。  周りと変わらず、普通に生きてほしいです。  仲間と笑ったり泣いたり、時には喧嘩をして、仲直りをして。  小生が、あまりできなかったことを。  たくさん経験して、たくさんお話をしてほしいです。 「おやすみ」 ⊿  目を覚ますと、玄関の方で声が聞こえました。  朱音さんと、誰かしらない人です。  女……でしょうか。  部屋から顔を出すと、玄関の方からキツい香水の臭いがします。  信じられませんでした。  小生や空薇は、匂いに敏感です。  それは、解っているはずです。  それなのに、そんなキツい臭いのする人を連れてくるなんて。  小生は、許せませんでした。  もう我慢の限界です。  部屋から出て、扉をきっちり閉めます。  そして、台所にある出刃包丁を後ろに隠しながら、玄関に行きます。 「おかえりなさい、あなた」  小生が言うと、朱音さんは小生を見て、ビクッとします。 「た、ただいま……。お前から話しかけてくるなんて、珍しいな」 「そうですか? ところで、そちらは?」 「こっちは、柚子原(ゆずはら)さん。行きつけのバーの店員」 「そんな人がどうして?」 「どうだって良いだろ?」 「……そうですね。どうだって良いです」  もうどうでも良い。  あなたは、変わりません。  変わろうとすらしてくれません。 「あの、柚子原さん」  小生は、キツい臭いの女に言います。 「今、娘が眠っています。だから、今日のところは帰ってくれませんか?」 「娘? え、木田さん、子供いるの? 信じらんない! じゃあ、この人がパートナーってこと? 嫌!」 「え、ちょっ」  女の台詞に、朱音さんは少し慌てました。  が。  だからといって、向こうがどうってことはありません。  素早く立ち去って行きました。 ⊿  それを見て、小生は小さく息を吐きます。  朱音さんは、無言で小生を殴ります。 「どうしてくれるんだ!」 「何がですか……」 「あともう少しだったのに」 「……そうやって、いつもいつも色んな女と遊んで。あなたは暇で良いですね。子育ても何もしない。聞いてくれない」 「だから、お前が勝手に孕んだんだろ!?」 「違います。全部、全部! あなたが悪いんですよ!」  小生は、何も悪くありません。  文句を言わず、頑張ってやってきました。 「どういう神経をしているんですか? 勝手に孕ませて。それで、勝手に人の家に住んで。小生は、ここにあなたが住んで良いなんて言っていません。嫌なら出て行けば良いじゃないですか!」 「んだと、てめえ!」 「あなたが、人に文句を言うことはできません。そんなことして良いはずがありません。出て行ってください。どうせ、他にも女はいるんでしょ?」 「っ」 「もう関わらないでください。小生は、娘と暮らします」  出てけ、と小生が言うと、朱音さんは、また小生を殴りました。  いつもいつもそうです。  いつだってそうです。 「結局、そうやって暴力じゃないですか」  何も返さないと思っているのでしょうか。  何も思わずにいるとでも……?  そんなことありません。 「ふざけんな……」  小生は、そう言って、出刃包丁を朱音さんに向けます。 「ふざけんな!!」 「はっ! んだよ、それ! 俺を殺そうってのかよ」 「そうやって、いつも自分が上みたいな感じでいるのが、とても嫌でした。自分勝手すぎるところが嫌いです。嫌いです。あなたなんて」 「殺れるもんなら、殺ってみろ。どうせ、お前には無理だろうけどな」 「っ」  その言葉で、小生は切れました。

ともだちにシェアしよう!