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1 DAYS
ソレとの出会いは突然だった。
「なんだその薄汚い餓鬼は」
「はっ! 報告させて頂きます。先日、王国にて保護しました対象者です」
「……それで? その対象者が何故この俺の部屋に居る?」
礼儀正しく返事をした騎士は俺と目が合うと、怯えを隠しもせずに肩を揺らした。
対象者と言えば、王国に囚われていた保護対象の者達だ。
先日開戦された王国との戦争はこちらの圧勝で終わりを迎えた。
獣人は人ではなく獣であり、人間のなりそこないだと豪語していた王族の鼻っ柱をへし折ってやったのだ。
獣人は人間に這いつくばっていればいい?
時代錯誤も甚だしい。
そんな獣人に始末された王族の顔を思い返すと笑いが込み上げてくる。
「ヒッ」
その刹那、周囲にいた者達が怯えだす。報告をしていた騎士の顔は紙のように白い。
隣で静観していた側近のシュアが、どこか呆れたような小馬鹿にしたような吐息を一つ零した。
「悪戯に相手を怯えさせないで下さい。仕事が増えます。……それで、騎士様が態々ラン様のもとへ連れてきたということは皇帝の命令ですね?」
「は、はい!」
「内容は?」
側近であるシュアが騎士に救いの手を差し伸べた。
どうやらシュアに代わり、今度は俺が事態を静観する番のようだ。つまらん。
シュアに問われた騎士は居住まいを正した。
「実は──」
騎士の報告を纏めると、面倒事を押し付けられたという事だろうか。
ボロ雑巾のような餓鬼は、この世界では希少なオメガ性である事が神殿のバース判別により判明した。
本来ならば喜ばしい事である。それが普通の獣人であるならば。
バース性にはアルファ、ベータ、オメガと三つの種類がある。
中でも最も希少な存在であるオメガと判明した少年は、それだけでも慎重にならざるを得ないというのに、先日起きた王国軍との衝突により解放された対象者ときた。
王国に攫われ、奴隷に落ちた者達には絶望しかない。
まだ幼い子供が不遇の環境を全てだと教えこまれて生きてきたのだ。泥水を啜るよりも遥かに屈辱的で地獄のような日々を。
当然、周りの大人達は皆恐ろしい化け物に見えるであろう。
優しさを知らないものにとって優しい世界とは恐ろしい物でしかない。
知らないのだ、彼等は。
苦しみを与える者も居れば、愛を与える者も居ると言うことを。
「それでこの宰相である俺に面倒を見ろということか」
「はい。神殿で保護していたのですが、部屋の隅に蹲って誰にも心を開いてくれず」
「……めんどくさいものを寄越したものだ」
机に肩肘をついて餓鬼を見る。
そいつは俺と目が合うと、全身で怒りを表すかのように威嚇した。
臀部から生えているふわふわとした大きな尻尾を逆立てて。
頭頂部にある丸い耳に、こぼれ落ちんばかりの眦が垂れた大きな瞳。
だがそんな瞳が不釣り合いなほど痩せている餓鬼は、枯れ枝のような手足を震わせて、俺を強く強く睨めつける。
負けるものかと。
吹けば飛んでしまいそうな哀れな身体に怒りを詰め込んで。
「名前は?」
「ゔゔーっ!」
「す、すみません……。実は言葉を知らないようで」
「そこから教育しないとならないのか? この忙しい時期に勘弁してくれ」
面倒だな。シュアに任せてしまうか?
思案しながら再び見遣る。
青緑の瞳は少しも逸らされることなく、ただ俺だけを写していた。
「……ちっ。我が主君の頼みだ、断るわけにはいかない。その餓鬼は俺が預かる。お前は下がっていい」
部屋を去る騎士を見送ると餓鬼を呼びつけた。
だが一向に来る気配はない。
言葉は分からなくともジェスチャーぐらいは通じると思ったのだが?
この俺を馬鹿にしているのか、はたまたこの餓鬼が馬鹿なのか。
仕方なく椅子から重い腰を上げて俺自らそいつのもとへ行く。
伸ばしっぱなしの黒い髪はあちこち飛び跳ねて絡まっていた。
その跳ねた一束の髪に触れようとした刹那──指先に噛み付かれた。
「この馬鹿が! 噛みつき癖があるなら首にでも注意書きを下げておけっ」
「おや、宰相ともあろうお方が子供の戯れにお怒りで?」
「ハッ。笑わせるな。極悪非道だと畏れられているこの俺に優しさを求めるか? お前も馬鹿になったのか?」
条件反射で手を振り払った際に、餓鬼はバランスを崩して尻もちをついた。それでも尚、俺を睨みつける瞳は逸らさない。
「ゔーっ、うぅっ」
「シュア、こいつを風呂に入れて俺の屋敷に部屋を用意しろ。自害しないように見張りをつけておけ。必要なものはお前の判断で全て用意していいこの件は一任する」
「自分で面倒は見ないのですか?」
「せめて噛みつき癖を無くしてから俺の元に連れてこい」
物言いたげなため息を聞き捨てると後は任せて部屋を出た。
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