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呪われた領主様
結局ミケルは野ウサギを見つけるも追いつくことができず、早々に諦め木の実や野草を少しだけ食べた。今日が発情期と重なっていなければ、少し追い込めば捕獲することができただろう。
「何も食べないよりマシか……」
ミケルは獣から半獣の姿に戻り、持ってきていた水筒から水を飲む。上着を羽織り、ここで少しの休憩。ミケルは人の姿でいるよりも獣の姿でいる方が楽だった。きっとこれはどの獣人にもあてはまること。人の姿を保つことはそれなりに精神力が必要で、子どもの頃は獣の姿で一日を過ごす事も多かった。
休憩の間に、持ってきた荷物から地図と便りを取り出す。大方道も間違えてないし、この調子でいけば日の入り前には到着できるだろう。街に降りる手前で、念のためもう一度抑制剤も飲んでおこうと荷物を確認した。この先少し行けば人と出くわす事も十分にあり得る。ここからは人の姿で進もうと着替えも済ませ、ミケルはまた道を進んだ。
走り続け山を降りる。
半日以上かけ辿り着いた地は、これまでミケルが訪れたことのないような栄えた街だった。店も人も多く、大変賑わっていて街は活気に満ちていた。目に見えるもの全てが新鮮で、その賑やかさに心が躍る。何より驚かされたのは初めて見た自分以外の獣人の姿だった。
「信じられない……」
思わずそう小さく呟く。見かけたのは一瞬でその一人だけだったものの、その人は自分と同じ「狼」の獣人だった。半獣の姿で着物を着、耳と尻尾は出したまま人と同じに露店で買い物をしていた。ミケルは他にも同じような獣人はいないかと周りを探してみるも、もう見つけることはできなかった。
「見間違い……?」
そう思ってしまう。いや、確かに獣人だった……と、ミケルはふらりと先ほど目にした獣人がいた店に立ち寄った。
「なあ、さっきのってさ……」
店の店主らしき初老の男性に声をかける。ミケルが言葉を続ける前に、その男はミケルが何を言いたいのかを察して話し出した。
「兄ちゃん、よそ者かい? ありゃ犬か何かの獣人だろ……ここ最近増えたよな。まああんま関わりたくねえけどな」
気さくにそう話す店主だけど、獣人と言った瞬間表情が少し強張ったのをミケルは見逃さなかった。
「まあさ、あんなのを見かけるのなんて滅多にないことだし、気にすんな。この街はいいとこだぞ。呪われた領主様とか言われっけど、そんなもん根も葉もない噂だ。最近じゃ人も増えてさっきみたいな獣人だって自由にうろつけるようになったんだ。見て分かるだろ? ここらじゃこんなに賑やかな街はねえよ」
得意げにそう語る店主はミケルの姿をまじまじと見つめる。
「兄ちゃんは旅行だろ? 何日くらい滞在すんのか? 何なら宿も紹介してやるぞ?」
「あ……大丈夫です。ありがとう」
ミケルはこの街の名物だという菓子パンのような物を一つ購入し、先を急いだ。
確かに言われた通り、こんなにも賑やかで活気のある街は初めてだった。ここのように栄えている都会なら、もしかしたら獣人も本来の姿で人と同等に過ごせるのかもしれない、そう期待も少しはあった。ただ獣人に対してのあの店主の表情、呪われた領主……というのが引っかかり素直に喜ぶことができなかった。
「根も葉もない噂……か」
その呪われた領主、というのが今回のミケルの新しい雇い主サリヴァン家だった──
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