5 / 20

ディエゴ

街外れの小高い丘の上にその屋敷はあった── 賑やかな街とはうって変わり、この辺りまで来ると緑が綺麗でとても静かに感じる。ミケルは一呼吸し、気を引き締めて歩みを進めた。 威圧的な大きな門。 横に備えられているベルで中の者を呼べばいいのか、勝手に中に入ってしまっていいものか少し悩む。目の前の立派な門は、大きく開け放たれ自由に中に入っても良いと言わんばかりだった。 「おい、そこで何してる?」 突然背後から聞こえた少し嗄れた声に、ミケルは慌てて振り返った。そこにいたのはミケルよりも更に小柄な年老いた男だった。 「あ……すみません。今日からこちらで住み込みで働かせていただくことになっている……」 「ああ! お前さんだったか! すまんの、到着が遅くてもう来ねえかと思ってた」 ミケルの話を聞くなり、その強張った表情が優しくなる。「通用口はこっちだ」と言い、男はミケルの手を取り塀に沿って少し歩いた。 「ここな。俺らはここから出入りした方が都合がいい……」 そう言って、草が生い茂りドアを塞ぎかけている古びたドアに手をかける。そのあまりの古さに、本当にここから入るのか目を疑った。 ギギ……と軋む音を立て、扉が開く。その先に見えたのはまた緑に覆われた静かな庭園だった。 外側は見苦しく雑草が生い茂っているものの、中の緑は既に日が沈み暗くなりかけていたにもかかわらず一目見て綺麗に手入れをされているものとわかった。 「ほら、あそこが今日からお前さんの住処になる小屋だ」 そう言って男が指をさした先には、小さな温室と蔓植物に半分程覆われた木造の小屋があった。 「とりあえず、色々説明は明日だな。えっと名前は……」 「ミケルです。あ……これ、一応便りも持ってきてます」 ミケルは男に採用の案内の書かれた便りを見せた。おそらく目の前にいるこの男が、ここの庭を管理している使用人のひとりなのだろう。男はミケルから便りを受け取ると、ろくに目も通さずにクシャッとそれをポケットにしまった。 「俺はディエゴだ。明後日にはここを出て行くからな」 小屋に入るなりそう言われミケルは困惑する。見たところ、このディエゴ以外使用人はいない。「飯は食ったのか?」と聞いてくるディエゴに頷くと、手際よく奥のコンロで温かいスープを作ってくれた。 不安そうにキョロキョロしているミケルを見てディエゴはひひっと笑う。 「ほれ、これでも飲んであたたまれ。長旅だったんだろ? お疲れさん」 ミケルはスープを受け取ると、椅子に座りこの屋敷のことをディエゴに聞いた。屋敷の方に顔も出さずに直接こちらに来てしまったことも気にかかる。 「ああ、この庭を担当してるのは俺ひとりだ。ずっとそう…… 先代が植物が好きでさ、その頃には何人もの庭師がいたんだが、亡くなってからはあまり庭を気にかけることもなくなったみたいでこの状態が続いてる。そう、ここには誰も来ねえよ。でもこの庭園が荒れ放題になるのはいただけねえってんで、こうやって俺がたまに手入れしてるってわけさ」 一応屋敷にいる執事はミケルが今日から来ることは知っているから、明日にでも顔を見にこちらに来るだろうとディエゴは笑う。 「まあ基本的にここには滅多に人も来ないし気ままにやってくれ。当面の間は困らないように色々買ってあるから飯なんかはそれでなんとかしてくれな」 明日は街に降り、行きつけの店なんかを教えてやるから、今日のところは早めに休めと言いながら、ディエゴはひとりベッドに潜った。 「お前さんの布団は今日干しておいたからな、フカフカだぞ。俺がいなくなったらこのベッドを使ってくれていいから。まあここがお前さんの家だと思って自由にしていいからな」 人と話すのは久し振りだと言い、嬉しそうなディエゴは「おやすみ」と言って眠りについた。

ともだちにシェアしよう!