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熊の獣人
獣人だという理由で親に見放され施設で育った幼い子──
レノがいた施設には同じような境遇の子も数人おり、人間の子も獣人の子も差別なく穏やかに暮らしていた。
獣人の両親から獣人の子が産まれる確率は高い。それでも人間の子が産まれる事もある。逆に人間の両親から獣人が産まれる事も稀にある。これは恐らく遥か遠い先祖の僅かな遺伝子によるもので、考えてみれば至極自然なこと……それでも人間から産まれ落ちてしまった獣人は蔑まされ、捨てられてしまうことが多かった。
「レノは他の子よりちょっと力が強いから……気をつけましょうね」
人間の子はもとより、犬や猫と言った他の獣人の子の中でも「熊」の獣人だったレノは一際力が強かった。それだけじゃない。生まれ持ったその素質は特異なもので、あらゆるものを敏感に感じ取った。相手を見ただけで自分より格下だとわかってしまうため、態度も横暴になっていく。成長の過程で自分がαだと分かれば尚更その態度が改まることはなかった。施設の大人達にも同じこと。それでも愛情に飢えていたレノは大人達相手には猫を被り、その愛情を独り占めしようとしていた。
ある時レノを養子に欲しいと言う人物が現れた。
裕福な家庭。代々α性の家系。レノをひと目見て気に入り半ば強引に縁組を行なった。レノは何も話さなかったがその大人は体の弱い実子の代わりを求めているのだと感じ取り、あまり気分は良くなかった。正直養子縁組には乗り気じゃなかったレノは、それでも兄だと紹介されたエイデンをひと目見てその考えを改めた。
何が弱いだ? ふざけてる──
明らかに自分より強く、今まで会ったことがない神々しいほどのオーラの様なものを纏ったエイデンの姿に、レノは一瞬にして虜になった。それは「運命の番 」かと錯覚するほどの衝撃だった。理由はわからずも、レノはこの人に支えなければならないという使命感を持ってサリヴァン家の養子になった。
「何故お前がミケルの匂いを纏っているんだ!」
ミケルを抱いた後、屋敷に戻ったレノはエイデンに咎められ言葉を失う。
初めてレノはエイデンの気に圧倒され恐怖を感じた。
一生をエイデンに捧げ、このお方に仕えるんだと幼心に感じ今までエイデンの側に寄り添って来た。自分と同じα性のエイデンだけど、その隣に立つに相応しいのは自分なのだとずっとそう思って生きて来た。エイデンだって自分のことをかけがえのない弟だと言ってくれていたではないか。それなのにレノがミケルの匂いを纏いエイデンに近付いただけで、気圧され動けなくなるほどの怒りに触れた。
レノが初めてミケルに会い接触した日、エイデンは体調を崩していた。
それまで見えていなかった目に光を感じると言い、回復の兆しがあらわれたと喜んだばかりだったから心配した。それでもすぐに回復し、次の日には一人で庭園に出かけるようになっていたエイデン。レノが仕事を覚えるため父親と外出している時間にエイデンはミケルに会いに一人で庭園に足を運んでいたと知らされ、レノは嫉妬で気が狂いそうになった。何故自分がそんな気持ちになったのかわからない。でもエイデンがミケルに近付くのは堪らなく嫌だった。
初めてミケルに会った時に感じた匂いを確かめたくて小屋に近付いた。思った通りミケルはΩで、発情期の最中なのかフェロモンの匂いを撒き散らしていた。そうは言ってもレノにしかわからない程の僅かなフェロモンに、Ω性な上にその中でも拙劣なミケルを哀れに思った。
自分の欲を発散させたかった。それにエイデンに見初められているという事実がどうしても気に入らなかった。あのエイデンがわざわざ自分がいない隙にミケルに会いに庭園に足を運んでいるということが許せなかったから、思いのままにミケルを抱き傷付けてやろうと行動をした。
意外なことに初心 な態度を見せるミケルが愛おしいと思ってしまった。今まで何人かのΩを抱いてきたのにこんな感情になったことはなかった。邪な嫉妬心と愛おしさに困惑しながらレノは満足するまでミケルを抱き、小屋を後にしたのだった──
「何故お前がミケルの匂いを纏ってるのかと聞いている! 答えろ!」
怒りに頬を紅潮させたエイデンは、そのまま意識を失い倒れてしまった。
「兄様? 兄様!」
慌てたレノはエイデンに駆け寄り体に触れる。その体は驚くほど熱く、エイデンが発熱していることは明白だった。
「誰か! 誰かいないか! 兄様が!」
執事を呼び、二人でエイデンを寝室に運ぶ。あとは自分に任せろと執事に言い、レノは一人でエイデンの側に寄り添い看病をした。
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