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大熊
レノはミケルがΩ性でも獣人でも、他者に話すつもりもないし、別段気にしないと言い、解雇を覚悟していたミケルはホッと胸を撫で下ろした。
この日は流石に倦怠感が酷く、レノに言われるまでもなく一日中部屋に篭り体を休ませた。
抑制剤を飲んでも、昨夜のことが思い出されるたびに僅かに体が疼いてしまう。全く経験がなかった体が、全て知っていたかのように当たり前にαの性を求め快感に溺れてしまった。それでもあれだけレノを求め乱れていたにも関わらず、行為の最中頭に浮かんでいたのはエイデンの姿だった。
ミケルの脳裏に、ある言葉が浮かんでは消える──
でも、こんなおぼろげな考えなら確かではないと頭を振る。思い過ごしも甚だしい、そんなものは都市伝説みたいなもので、そもそもあり得ないんだと思いながらも、エイデンは今頃どうしているのだろう……と思いを馳せた。
日もだいぶ落ちて来た頃、ミケルは気分転換のため外に出た。今日は一日小屋で過ごしていたからエイデンと会うことができなかった。今日もあのベンチに来ていただろうか……最近では毎日のように一緒に過ごしていたから、きっと今日も一人でここにいたのだろう。自分のことを待っていてくれただろうか? がっかりさせてしまっただろうか? そう考えながら、ミケルは少しの間ベンチに座りぼんやり時間を潰した。
次の日もミケルはエイデンと会うことはなかった。
寂しく思う反面、抑制剤を飲んでいてもエイデンの事を考えると体が軽く疼いてしまう状態だったミケルは、会えなくて正解だと自分に言い聞かせる。それにしても何故こんな風になってしまったのだろう。今まで感じたことのなかった感情に慣れず戸惑う。これはレノと体を交えてΩとしての快感を知ってしまったからなのか……それならレノを思い浮かべてもいいところなのに、どうしたって頭に浮かぶのはエイデンの姿だった。
発情期間は普段より長く感じる。やっと忌まわしい発情期も終わりに近づき症状も軽くなったとほっとしていた矢先、ミケルの小屋に誰かが訪ねて来た。
激しくドアをノックする音に恐怖を感じる。躊躇いつつも、ミケルはゆっくりとドアを開けた。
「え? 嘘……」
ミケルの目の前にいたのは人ではなく大きな熊だった。突然の事に驚き体が動かない。熊は後脚で器用に立ち上がると、大きく振りかぶりミケルに襲いかかって来た。
部屋に転がるようにしてミケルは熊から逃れようと試みるも、あまりの体格差にどうすることも出来ず、もがく事しか出来ない。
熊の鋭い牙が目の前に見えた時、ミケルは自身の命を諦めた──
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